「わたし、ソカロ元帥とは引き分けでしたからっ!!」

瞳いっぱいに涙をためて、科学班フロアを飛び出していった名前。引きとめようと思ったが、その速すぎる足に俺なんかが追いつくわけもなく。

どうしたもんか…。女の子を泣かせたことなんて、今まで生きてきた中でもなかなかない。それなのにこの年になって経験するなんて。

でも俺が、名前を傷つけてしまったのなら追いかけなくていいはずがない。そうだよな。年頃の女の子にあの内容はまずいよな、そう考えて俺はため息をついた。


「ぬああにしてんさリーバー!ああもう早く行けよ!てかオレが行くさ!!待ってろ名前!!!」
「…は?」
「ちょっとラビ!…ここは止めときますから早く行ってください!」
「な、待てっ」
「名前はきっと鍛錬場のあたりにいると思うわ!」

「「「さあ、早く!!!」」」


がば、と俺のデスクの影から現れた3人がすごい形相で俺の背中を押してきた。俺が驚いている間に、気がつけばフロアの外に投げ出されていて。

「おい、お前ら!」
「名前のこと、よろしくね」

リナリーのにっこり笑顔に見送られ、俺はしぶしぶ立ち上がった。

なんて言葉をかけたらいいのか、まだ泣いていたらどうしよう、とか。名前は笑ってるのが一番だから、すぐにでも元気になってほしい。でも、どうしたらいいか分からなくて。



ああもう、こんなの絶対俺の柄じゃないだろう。



視界に入った小さく丸まった背中を見て、俺の心臓は慌ただしく騒ぎ始めた。


「名前、」


くる、と振り返った名前の目はまだ赤くて。その悲しそうな顔を見たらどきん、と心臓を鷲掴みにされたように苦しくなる。

「リーバー班長…」

弱々しく囁かれた俺の名前。それを聞いて、動揺した。俺も名前と同じように囁くような声が出る。


「さっきは、ごめんな」

「リーバー班長は、私がソカロ元帥より馬鹿力だって本当に思ってますか…?」


眉をハの字に下げて、名前はそう尋ねてきた。それに対して慌てて俺は否定する。


「そんなわけあるか!」
「そうですよ…!確かに私は馬鹿力です……でも!ソカロ元帥より上じゃありませんから!!!引き分けです引き分け!!!あんな化け物と一緒にされたら…リーバー班長でも怒りますよそりゃ…!」


……ば、馬鹿力って言われたのはいいんだな…。俺は名前のあまりの勢いに少したじろいだ。


「本当にすまなかった、」
「私こそ、いきなり飛び出しちゃってごめんなさい…」


思っていた展開とは違ったが、名前に笑顔が戻って良かった。目尻をうんと下げて、口元もへにゃりと曲げて幸せそうだ。


そういえば、こんな笑顔見たの…初めて、だな。


なんだか嬉しくて、その笑顔に誘われるように俺の顔からも笑みが零れる。そうして互いに笑い合った後、名前は律儀に報告書を渡して去って行った。

「…じゃあ、また」
「ああ。またな」

名前に笑顔が戻って良かった。心底ほっとして、少しざわつく胸を落ち着かせるためにぱらぱらと報告書に目を通しながらフロアへの道を歩く。


「(え……)」


丁寧に枠の中に並べられた文字。そこから少し外れたところに、小さく書かれた単語があった。いつも見ている字とは違った、丸みを帯びたくせのある字体。


リーバー班長は、レモンソーダが好き


どきんと胸が震えて、慌てて報告書を閉じる。じわじわと衝撃が体中を巡って、この余白に書かれた言葉の意味を必死で考えた。

「…ッ」

随分逆上せてしまったらしい顔を抑えて、最近の出来事を思い返してみると妙に納得してしまう。



『ま、また…報告書、出しに来てもいいですかっ!!!!!』

『なーんか最近めかしこんじゃってさ。綺麗だし真面目だって人気なんさよ?』

『でも誰かさんに惚れてるらしくて、』

『リーバー班長、名前はとっても良い子なのよ』

『名前のこと、よろしくね』



俺はこれからどうすればいいんだ…!



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