「あり、が…とう……っ!!」


その言葉を最後に、私たちは名残惜しくも通信を切った。

待っていると、言ってくれた。それが嬉しくてたまらなかった。薄れかけていた生への執着が、また色濃くなった気がした。そう簡単に死ぬなんて考えていてはいけない。私たちは数え切れないほどの犠牲の上に立っているんだ。自ら生きることを諦めるなんて、絶対に駄目だ。


「アレン!」


班長との通信を終えて、溢れ出た涙をぬぐっていた時だった。突然大きな声が聞こえて振り返ってみると、何か只ならぬことが起きている空気だった。


「狙いはリーだ!!いかんっ!とめろーっ!!」


あの光はなんだ。


「っリナリーちゃん!?」


目を開けているのも億劫なくらいの閃光が刺さる。私がリナリーちゃんのところへ駆け寄った時にはもう、そこに彼女はいなかった。


「え…?一体…どういう……」


それだけではない。傍にいたアレンくんも、神田さんも、ラビくんも、チャオジーさんも、クロウリーさんも見当たらない。まさか……これも、ノアの攻撃…!?


「そんな…っ!」


思わず後ずさってしまう。消えてしまった。皆さん、が…、いなく、


「!アルヴァ嬢!!」
「アルヴァちゃん!?」
「まずい…!自分の身を守れ!!!」


皆さんが血相を変えてこちらを見ている。身を守る?一体何から、


「あ…」


瞬間、差し込んだ光に目が眩んだ。薄らに開いた瞼の隙間から、足もとに見えたのは、星模様―――――――


「ペンタ、クル…」


私は真っ白な光に包まれた。




「きゃあああああ!!!!」


ぐるぐると乱暴に体を回されているような感覚と、浮遊感。体が思うように動いてくれず、まるで強大な力に抑えつけられているかのようだった。


「いっだぁっっ!!!」
「「「!!!?」」」


ごつん、と額を打ち付けてその不思議な体験は終了した。嫌なところを打ったせいでぐらぐらと頭が揺れ、激痛が走っている。これは首も少しイったかもしれない…。


「「「アルヴァ!!!」」」
「アルヴァさん…!?」
「……チッ」
「…あ、皆さん!」


首をいろいろな方向に動かして様子を見ていると、少し離れたところに皆さんが山積みになっていた。綺麗に重なり合う姿は滑稽にも見えたが、生憎打ち付けた頭のせいで苦笑いを一つ零すくらいの余裕しかなかった。


「なんだこの町は」
「アルヴァも来てしまったであるか?」
「ええ…」


なかなか引かない頭痛に耐えながらも、ふらふらと皆さんの元へ歩み寄る。嗚呼、少し腫れてしまっているようだ。


「!ここ…方舟の中ですよ!!」
「ええっ!?」
「!」


アレンくんの言葉に、弾かれたように辺りを見渡した。


「ここが…」


ただの町にしか見えないここが、本当にノアの方舟の内部なのだろうか。白いレンガの家がたくさん連なり、所々に綺麗な鉢植えが見えるのだが、その中に生活の匂いはない。私はこの風景に驚愕を覚えていた。


「アルヴァさん、何か知ってるんスか?」
「……書物に記されているものとは大きく違います…方舟とは一体…」


あまりにも突然すぎて理解が追いついてこない。そもそもこれは本物なのかも怪しいところだ。私たちはどうやってここまでやってきた。まさかワープしてきたとでもいうのだろうか。7千年以上前から存在していたと言われているノアの方舟が、そんな機能を持っているなんて聞いたことがない。人類の繁栄さえ、していない時代であっただろうに。


「おっ、おい!?リナリーの下に変なカボチャがいるさ!!」


ラビくんの声に振り返ってみると、確かに得体の知れないカボチャがあった。その正体が気にならないと言ったら嘘になるが、とにかく、ここを出たい。出なければいけない。この空間には謎が多すぎる。


「どけレロ!クソエクソシスト!ぺっ!!」
「スパンと逝きたくなかったらここから出せ、オラ」
「出口はどこですか」


べらべらとしゃべり始めたそのカボチャは、どうやら私たち側の者ではなさそうだった。神田さんとアレンくんの鋭い眼光に挟まれて、がたがたと震えている。あの様子なら手間をかけることなく出口を教えてくれるだろう。


「でっ、出口は無いレロ」
「は…」
『舟は先程、長年の役目を終えて停止しましタ。お前達はこれよりこの舟と共に黄泉へ渡航いたしまぁース』


開かれたカボチャの口から、にゅう、と伯爵の風船が飛び出した。その姿はニセモノらしかったが声は本物。愉快そうなその口調に、酷い嫌悪を感じた。


『ドン!!』


掛声と共にぐらりと揺れた白レンガ。みしみしと亀裂が走り、あっという間にその美しかった外観は崩れてしまった。いたるところから破壊の音が聞こえてくる。ぐしゃ、と鉢植えの花が散った。



「!?」
『危ないですヨ。引っ越しが済んだ場所から崩壊が始まりましタ』
「は!?」
「どういうつもりだ…っ」
『この舟はまもなく次元の狭間に吸収されて消滅しまス』
「次元の…狭間?」


理解不能だ。今この空間が閉鎖的だとでも言うのだろうか。もしやノアの能力?アクマの力が働いている?ダークマター?何にせよ、次元の狭間に吸収なんてそう簡単にあり得る話ではない。


『あと3時間。それがお前達がこの世界に存在してられる時間でス』


そんなわけがない。3時間?ふざけるな。何かトリックがあるに違いはない。こんなことはあり得ない。あり得ない。


「どこかに外に通じる家があるハズですよ!僕それで来たんですからっ」
「家!?家っていっても…」


そうだ。中国で別れたはずのアレンくんがこんな短期間で合流出来た、ということは現実では起こり得ないことだ。しかしそれをやってのけた、中国と日本を結んだ何かがこの方舟なのだとしたら、恐らくこれは空間を転移する能力を持っている、ということなのだろう。


「っ…」



あり得ないことが今、現実で起こっている。



己で立てた仮説にぞくり、と震えた。その中に閉じ込められたとしたら、本当に


「危ない!」


強い力で腕を引かれて、私はそれに逆らわずに温もりの中に留まった。誰かに引き寄せられたのだ、と脳は理解しているが判別は出来ていない。顔を上げると、そこには少し険しい表情をしたクロウリーさんがいた。


「ぼーっとしていたら危ないである!」
「え…」


ふと、私が先ほどまで立っていた場所に目をやると、ぐしゃぐしゃに壊れた屋根の残骸が散らばっていた。それを見て、深いため息が零れる。


「あ、りがとうございます」
「アルヴァ、何か分かったの?」
「え?」
「何か…考えているようだった」


リナリーちゃんの目と、クロウリーさんの腕から逃げるように身を引いた。あり得ない。大丈夫。きっと、どこかに繋がっている。私たちの行動を見て、楽しんでいるだけに違いない。そうだ。こんな伯爵の戯れ言に惑わされていては、いけない。


「…何でもありませんよ」


きっと出口はある。


「もう何十軒壊してんさ!!」


アレンくんが通ってきたという外へ繋がる家が見つからない。荒い息を吐くラビくんが滲んだ汗を拭っていた。


「この舟は停止したレロ!もう他空間へは通じてないレロって!!」
「危ないっ」
「!!!」


ぐらりと足元が揺れた。他空間には、通じていない。役目を終えた。次元と次元――――――――その狭間にある、どの次元にも属していないこの空間が消えるとしたら、何処に…?何も、残らない?跡形もなく、きえる?


「………っ」
「無いレロ…。ホントに。この舟からは出られない。お前らはここで死ぬんだレロ」





――――――死





「っふざけないで!!!」



自分の意識の外で、何かが弾けた。理性がきかない。本能が思ったままに、体が動く。力が増していく両手が、その細い体に食い込むようにぎりぎりと爪を立てる。


「「「!?」」」
「…………死ぬ?そんなこと、………………できない……私は、…私は約束したの!!!!!」


喉からは自分でも分かるくらい苦しい声が出ている。かたかたと手が震える。あの人の笑顔が、頭から離れない。


「ここから出して!!知っているんでしょう!?ねえ言って!!言え!!!言えっ!!!!!」


高く鋭い音があふれ出す。もう何もかも限界だったのだと、思う。私は死ぬ覚悟なんて持ち合わせていなくて、ただ、もう二度とリーバーには会えないのだと言われている気がして、こわくて、こわくて。


「アルヴァ!!!落ち着いてください!」
「……っ、」
「絶対に死にません。みんな、無事にここから出られますから」


私に幾らかの理性が戻って来た時も、制御できなくなった本能は悲鳴を上げて頬を濡らしていた。


「リーバー……」
「!」


会いたい。会いたいよ。


「っ…出口はきっとあります」
「あるよ。出口だけならね」


私とアレンくんの前に、一つ分の影が差した。






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