《リーバー…!!》


無機質な機械から聞こえてきたのは、今にも泣き出してしまいそうな恋人の声だった。


「アルヴァっ…!!無事か!?怪我は!?」


アルヴァたちが本部を出てからもうしばらく時間が経った。連絡手段がないため、現地の様子は全く伝わってきていない。ずっと、アルヴァの身を案じていた。満足に眠れた試しなんてない。


《…》
「……アルヴァ?」
《…りーばあ…!!》


掠れた、頼りない声が鼓膜を震わす。それは、今にも壊れてしまいそうなアルヴァの様子そのものだった。段々と嗚咽も聞こえてくる。


「アルヴァ、落ち着け。大丈夫だ」
《ちが…、大丈夫じゃ、ないの》



《約束…守れないかもしれない》



…必ず、必ず帰って来い。



出発前に、俺がアルヴァに言った言葉だ。必ず、なんて口約束がどれだけ辛いかなんて分かってる。それを分かって、俺は口にしてしまった。どうしても、想像できなかった。アルヴァのいない、未来を。


「…っ」


正直、俺はアルヴァの言葉を聞いて焦っていた。いつも、どんな時もバレバレな見栄を張っているアルヴァ。それは任務先からの連絡の時も、科学班の手伝いを徹夜でしてくれる時も、この間だってそうだ。


『大丈夫です』


それがまるでアルヴァの口癖のようだった。俺以外の奴らにも、よく言っているのを見かける。それなのに、今彼女は何と言った。


『大丈夫じゃ、ないの』


小さく吐き捨てられたその言葉が、どれだけの意味をもつかなんて今さら考えるまでもない。アルヴァは今助けを求めている。必死に、自分を守ろうとしている。


《ごめんなさい…》


出来ることなら、今すぐ傍に行きたい。その涙を拭ってやりたい。伯爵の手も、教団の手も届かない所に連れて行ってやりたい。


もう、これ以上苦しまないように。




「アルヴァ…」
《私…怖いです》


《みんな……いなくなるかもしれない…!!わたし、だって…っ!》




いつ死んでしまうか、分かりません。




「!」



分かっていたことだった。アルヴァがエクソシストになってから、常に覚悟は決めていたつもりだった。エクソシストは何の前触れもなく任務にかり出されては、何日も帰ってこない。

いつしか俺は、地下水道に行くことが恐ろしく感じるようになってしまった。行ってきます。と言って、真っ暗な闇の中に入っていったら、そのまま戻って来ないんじゃないか、と思うようになった。それが外へと繋がっているということくらい、分かっているのに。




『班長は、私が死んだらどうしますか?』



あいつがエクソシストになりたての頃、――嗚呼、今でも覚えている。俺たち一班のフロアから司令室に下る螺旋階段の、丁度真ん中あたり。任務が終わった報告について行ってやった時のことだった。まるで何てことないみたいに軽い口調で、アルヴァは言った。

あの時、アルヴァがどんな答えを望んでいたのかは分からない。戦場に出たことのない俺なんかじゃ、理解できないことなのかもしれない。でも、どうして。どうして、そんなことを聞くのか。


『死ぬなんて言うな。頼むから』


アルヴァはエクソシストになってから変わった。その現実を受け入れようと必死になった。そうさせたのは俺たちだったのに、【死】というワードをあいつが口にしたことが、怖かった。今までのアルヴァじゃなくなってしまったような気がして、それを認めたくなかった。


本当は、俺が一番憶病なんだ。




「…アルヴァ」
《…》
「待ってる」
《…え》
「俺は…待つことしかできないけど」


言葉が詰まる。自分の無力さに嫌気がさした。


「アルヴァが帰ってくるのを、ずっと待ってる」
《…っリーバー》


声が震えた。でも、この言葉に偽りはない。アルヴァが帰ってくるまで、いくらでも待っていてやる。アルヴァの大好きなオムライスもココアもアップルパイも、何でも好きなだけ食べさせてやる。それから買い物にも付き合ってやるし、どんなわがままだって聞いてやる。だから、どうか無事でいてくれ。


《あり、が…とう……っ!!》


どうか、神様。





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