「ん……」


私が目を覚ますと、あれほど体に溜まっていた疲労が消え去っていた。ぼんやりとしていた視界が鮮明になって、目の前に泣きそうな表情をしたロットーさんが現れた時、私はようやく自分の置かれている理解した。まだ、死んでいなかったんだ。


「アルヴァちゃん!」
「ロットー…さん」
「良かった!」
「目が覚めたであるか?」
「アルヴァ!!平気さ…?」
「皆さん…」


きっと、私が誰よりも早く処置を受けたんだろう。誰もがボロボロで、私のことを心配そうに覗き込んでいた。


「…っだ、だい、じょうぶ…でっすか…!?えぐ、そしすとさ、まあ!!」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」


大粒の涙を零しながら、船員さん(名をチャオジーというらしい)は心配してくれた。彼の話によると、もう死んでしまったのではないかと思うくらい重傷だったらしい。


「…すまんなアルヴァ嬢。おぬしはもう限界だろう」


苦い顔をしたブックマンさんが、私のイノセンスを見て言った。そのいつもと全く違う様子の彼に少し驚かされたが、すぐに我に返って弁解を試みる。


「い、っいえ!ロットーさんのおかげで回復しましたし、私だけ休んでなんていられません。まだ、私は大丈夫ですから!本当に……あだっ!!!」


慌てて話をしていたら、後ろから頭を思いっきり殴られた。こんなことをするのは、…神田さんしかいない。


「何す「足手まといだ。これ以上迷惑かけんじゃねえ」
「ですが「あ゛ぁ!?」


私が反論しようと声を荒げると、それはもうこの世のものとは思えない形相をした神田さんが見下ろしていた。ひくり、と頬が引き攣ったのが分かる。…何て恐ろしい表情なのか。


「アルヴァ、」


私が少しずつ、少しずつ神田さんから距離をとっていくと、その先にはラビくんがいた。でもそれはいつもの笑顔なんかじゃなくて、何か今にも泣き出してしまいそうな表情で。


「ラビ、くん…?」
「…ダメさ」


ぎゅ、と体にラビくんの腕が巻きついて、抱き締められる。突然のことに身を固めてしまったが、そういえば少し前にもこうして抱きしめられた気がした。彼の意図は、読めない。


「アルヴァは大人しく、休んどいて」
「…ですが、」
「……これ以上、無理せんでくれ」


ラビくんの悲痛な声が、胸に響く。心配、させてしまったのだろうな。彼はとても優しい人だから、周りの誰かが傷つくのを嫌うんだ。そんなに負い目を感じる必要なんて、無いのに。


「そうですよ、アルヴァ」


ゆれる白髪が、目の前を通った。




「…アレン、くん……!!!」
「何だか久しぶりですね」


はは、なんて笑ってみせるアレンくんは、以前よりもずっと大人びたように見えた。恐る恐るその手に触れてみれば、しっかりと実体がある。決して幽霊じゃない。


「邪魔すんなさー」
「離れてください、ラビ」


ラビくんを足蹴にするアレンくんを見て、至極ほっとした。嗚呼、アレンくんだ。アレンくんは生きていたのだ。


「心配…しました。ノアに襲われたと聞いて……、それで」
「遅くなってすみません」


そんなことないのに、アレンくんは本当に申し訳なさそうに、辛そうにして謝るから、私もつられて眉をひそめてしまった。


「生きていてくれただけで…、それだけでいいんです」
「アルヴァ…」
「良かった…!」


安心したら頬の筋肉がゆるんで、頼りない顔になってしまった。アレンくんもびっくりしたような顔でこちらを見ている。


「あ、あ、りがとう…ございます…」


私のそれがうつったのだろうか。アレンくんも、眉を下げて嬉しそうに笑ってくれた。ちらりと見えた彼の左目のペンタクルマークが、以前とは少し異なったような気がした。


「アレンくん…」


そのまま視線を少しだけ外側に逸らすと、彼が見なれないピアスをしているのに気が付いた。これは私の直感でしかないのだが…、もしかしてただのピアスじゃないのではないか。


「は、え…ちょ、アルヴァ?」


アレンくんの頬に手をあてて、ゆっくりと髪を耳にかけてやる。ここからでは少し見づらいため、腰を折って前かがみになった。ピアスに触れ、内側を覗いてみる。


「アレンくん」
「は、…はい」
「これ…無線機ですね?」


パッと見では分からないように綺麗な細工がしてあったが、私には分かった。それにしてもこれは、室長が好むような…、アジア系の装飾だ。彼の発明品だろうか。性能は良さそうだけど。


「え?あ…(吃驚した…)はい。バクさんが…」


バクさん、というのはアジア支部長のバク・チャンのことだろう。…彼の家のことはよく知っている。


「…彼は優秀ですから」
「そうなんですか?」
「ええ」


私が言いきると、アレンくんは少し真剣な表情になった。そして、少し離れた所にいる他の皆さんにも聞こえないような声量で、小さく私の名を呼んだのだ。


「アルヴァ」
「はい?」
「これ…本部に繋がります」


これ、と彼は自分の左耳を指差した。アレンくんの言わんとしていることが分かった気がする。何故だか、泣きそうになった。


「少しでも…今ならきっと大丈夫ですから」
「アレン…、くん」
「リーバーさん、すごく心配していましたよ」
「…っ」


リーバー。


ぐにゃ、と視界が涙で歪んでしまった。零れそうになるそれをなんとか耐えて、アレンくんから無線機を受け取る。目頭が熱い。緊張で喉がすっかり渇いてしまった。

震える手で、発信する。彼はすでにブックマンさんに呼ばれていなくなってしまっていた。


《ザザッ……アレンか?悪い、今室長出れなくてな》


リーバー…、だ。ほんもの…リーバーの声…!!

それを聞いたら、後から後から涙が零れた。こんなにどこから出てくるんだ、っていうくらいたくさん。今までの分も、たくさん。


《アレン?》
「リーバー…」
《、アルヴァ…?》
「リーバー…!!」






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