「ふぅ…」

それまで延々と聞こえ続けていたペンが紙の上を走る音が止まり、首を鳴らす音が聞こえる。それを聞いて顔を上げると、リーバー班長が席を立とうとしているところだった。

「班長、仮眠スか」

こりゃ煙草を吸いに行くのは後にした方がいいな、そう思って頭を掻くと返って来たのは意外な返答だった。

「いや、息抜き」
「へ?」
「マービンも吸って来ていいぞ」

いつも亡霊のように仮眠室へ向かう班長が、軽い足取りでフロアから出て行った。

「班長…とうとう頭イったか…?」

俺があんぐりと口を開けてそう言うと、タップがそのでかい腹を豪快に揺らして笑っている。訳がわからず脂肪たっぷりの腹を強めに小突くと、思ったよりも柔らくて腹が立った。


「班長は病棟だろうよ、恐らく」


嗚呼、そうか。


「やっぱり心配は拭えないんだろうな」

長期任務へ出かけていたエクソシストたちは、帰還早々に病棟へ運ばれて治療を受けてる。帰って来た時はみんなそこまで深刻じゃないように見えたんだが、ミランダのイノセンスの影響?とかなんだかで比較的ピンピンしてたように見えたラビもリナリーも、一時危なかったらしい。

なんでも、ミランダのイノセンスでダメージを吸い出して、騙し騙しやってたツケがまわって来たんだと。

そんな状況がしばらく続いていたけれど、帰ってから2週間が経った今
ほとんどのエクソシストたちは意識を取り戻し順調に回復中だそうだ。


「…アルヴァはまだ起きないの?」


班長に隠れてこっそり居眠りをしていたジョニーが、ぼそっと寝言を吐いた。案外的を得ている発言に起きているのかと思ったが、デスクにだらだらとよだれが流れていたからそうでもないんだろう。


今回の任務で、最も重症を負っていたのはクロウリーだった。体を酷使しすぎていて、ボロボロの体は壮絶な戦いを物語っていた。クロウリーはまだ、一度も目を覚ましていない。……アルヴァも、一度も。

アルヴァの場合は任務の後に眠るのはいつものことだから、眠っている期間はさして不思議ではない。ただ、今回帰ってきたアルヴァの体はこれまでにない程に傷を負っていた。それが、心配の種だった。

「アルヴァには班長がついてるんだ、大丈夫だろうよ」

俺ら科学班は、アルヴァのことが好きだ。誰だって、アルヴァにずっとここにいて欲しいって、思ってる。危ないことはして欲しくない。ここで、ずっと班長と笑っていて欲しいって。


まあそんなこと、あの人たちの前で口走る馬鹿はいないけどな。


絶対に叶わないってわかってる。ここにいる誰もが叶わないと分かって、願っているんだから。



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