私たちの上空には、数え切れないほどのアクマたちがひしめき合っていた。遥か高くに薄らに見える人影が、恐らくノアの一族なのだろう。皆で手頃な建物の屋根に上り、それらを見上げた。私の心臓は、未だ早いままだった。


「キエさんたちは私の後ろへ。リナリーちゃんとロットーさんも」
「「「!」」」


私の発言に、皆さんが驚いたのが分かった。それはその通りだろう。さっきまで立つこともままならなかった私が、こんなことを言うのだから。


「でもアルヴァ…ダメよ」
「アルヴァちゃん…私もまだ少しなら、」
「無理をしないでくださいリナリーちゃん。それに、ロットーさんにはきっとまた能力を使ってもらわないといけなくなるでしょう。…それまでは私が守ります」


リナリーちゃんのイノセンスは、【ハート】の可能性がある。それが分かった以上、彼女を危険に晒すわけにはいかない。それに、ロットーさんのイノセンスは、この戦いの後で必ず必要になる。初めての任務であまり無茶をさせるわけにはいかないし、今この状況で十分限界だろう。

何のために私はここにいるのか。どこが痛いだなんだと言っていられる状況じゃない。


「…」


確認のためにブックマンさんに視線をやるが、少し見つめられただけで反対はされなかった。やはり、これが今私たちが出来るベストな選択なのだ。


「総攻撃ですアクマたチ!!日本全軍で元帥共を討ち破れェ!」


頭上から高らかな声が響いた。その声に、自分の意図せんところで体がビクついてしまう。今のが…、伯爵…。


「行け、ラビ」
「劫火灰燼…火判!!」


大きな音共に、ラビくんの放つ【火判】が姿を現す。


「喰らえ」


ラビくんの指示で、【火判】は動いた。それはまるで生き物のようにうねり、伯爵と思しき人影を飲み込んでいく。


「!」


しかし、すぐにそれも無くなり、攻撃は破壊されてしまった。傘を広げて、ひらひらと舞っている姿が見える。あれは、…あれが、


「元帥の元へは行かせんぞ伯爵!!」
「勝ち目があると思ってるんですカー?」


どくどく。どくどく。心臓がうるさい。私は今、怯えているのか、興奮しているのか、分からない。船で感じた感覚の鈍さが無くなっていた。それさえも、感じることができなくなってしまったのか。


「ほう、あのフザけた形のデブが伯爵かブックマン」
「そうだ」
「あれが…私達の宿敵」


あいつさえ、いなければ。

こんなに苦しく、辛い思いをしなくてすんだのに。

私も、科学者を志すことなんてなかった。教団の人間になることも、なかった。こんな戦争があったなんて知る由もなかった。エクソシストになんてならなかった。班長と離れることもなかった。仲間が、大切な人が死んでしまうこともなかった。班長を悲しませることもなかった。こんな私に、ならなくてすんだ。のに。



「マジで戦り合うつもりだっちょか!?この大軍にノア様が4人もだっちょよ!勝ち目はないっちょ!!!百パー死ぬ!!!」
「言うなちょめ…。伯爵がすげェのはわかってら。けど別に、負け戦をする気はないさ」
「……っラビ…」


私たちは、まだ死ねない。こんなところで死ぬわけにはいかない。

ここにいる全員が思っているであろうことだ。船であれほど苦しめられたレベル3が、数え切れないほどいるのは分かっている。皆体もボロボロで、本当は戦うなんてとてもじゃないけど出来る状態じゃないって。こんな姿、婦長さんが見たら泣いちゃうんじゃないかなあ。でも、それでも、大切な人の笑顔のために私は、


「でも…こんなのやっぱり、負け戦だっちょよぅ…」
「そんなことありませんよ」
「そうである」
「もしかしたらすっげーボロ勝ちしちゃうかもしれねーだろがっ!!」


ラビくんとクロウリーさんが一気に跳躍した。すると、相手方からもこちらへ飛んでくる影が見え、両者の力は空中で大きな音をたてて相殺される。

ぐん、と体制を立て直しながら、ラビくんの目は何か、尋常ではない殺気を放っているように見えた。後にいたリナリーちゃんからも、小さく声が漏れる。


「あの男は、ティムの記録にあった…」
「リナリーちゃん?」
「忘れねェぞそのツラ…!!」
「あの夜の…っアレンを殺したノア……!!」
「アレン…くん、を?」


『アレン・ウォーカーが、現れたノアによって戦線離脱を余儀なくされました』


あの時の、ウォンさんの言葉が頭をよぎる。あれが…、ノア。アレンくんを殺した…、アレンくんは、ノアの一族に、ころされた。

そのノアの一族が、目の前に、


「今ちょっと暇だからさ。また相手してよ」
「上等だ」
「ラビ…」
「このホクロはオレが戦る誰も手ェ出すなさ!」
「…っ、ラビくん!」
「ボッコボコにしてやらねェと気がおさまんねェ」

「何?イカサマ少年殺したことそんな怒ってんの?もしかして友だちだった?」
「…!!」


そのノアの口ぶりに、ぞくりと体が震えた。まるで、まるで本当の人間のようだった。でも、その中に確かに異常な違和感を覚える。何の確信もない。ただの直感だけど、あの人は、バケモノだ。


「うるせェ」
「わかるよ少年」
「うるせェ」
「友だちが死ぬと、悲しいよな」
「うるせェェ!!」


怒りで我を失いかけているラビくんを制することも出来ない。アレンくんの敵が、今目の前にいる。何事もなかったかのように、飄々とした態度で、生きている。そう考えたら、私もおかしくなってしまいそうだった。


「んな怒んなって。奴は生きてる。もうじき来るかもしれないよ。会いたい?」
「!?」
「ただし、お前らがそれまで生きてればだけど」


ノアの一族の言葉なんて信じる価値はない。そんなの出まかせだ。そう思いたかったのに、確信が持てなかった。

アレンくんが生きてる。

僅かな希望が、見えた気がした。


「頑張って生き残れ」
「っふざけるな…」
「おまえ達はアレン・ウォーカーに会えるかな?」




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