「急ぐさ!この扉もいつ消えるかわかんねェ」
「…行きましょう」
視界の隅にイノセンスを発動したアレンくんの姿がうつった。
「ティキ・ミックとレロを連れて来ます」
その切迫した声に、耳を疑った。
「アレン…くん…?」
「マジで言ってんのか!」
「ティキ・ミックはもう、ノアを失ったただの人間です」
アレンくんの言葉に、心が激しく動揺していた。ティキ・ミックを、助ける。そう言ったアレンくんの心が全く読めなかった。まさか、本当に情けをかけているのか。そんなはずはない。だって、奴は、
「【助ける】…?どうして…?あいつらはアクマとグルになって、アニタ様やマホジャ様。オレの仲間をいっぱい殺したんスけど…?」
ゆらりと立ち上がったチャオジーさんが、一つ一つ意味を確かめるように言葉を紡いでいる。甚だ信じ難い。というような表情を浮かべて。
「なのにどうして?【助ける】って…」
「…」
「オレらの想いを裏切るんスか?」
チャオジーさんの苦しそうな声、表情が、心に刺さる。彼の言わんとしていることは、痛いほどに分かる。
気づけば私はアレンくんの行く手を阻むようにして、立っていた。
「…あのノアを助けるくらいなら、私はここに残って奴を完全に殺します」
「アルヴァ、何を…!」
「分からないんですか?アレンくん。目先の犠牲ばかり気にしていたら、本当に大切なものを守れなくなります。奴が我々に危害を加えないという保証はどこにあるんですか!?」
叫ぶように声を出していたら、ぽろりと涙が頬を伝った。私たちは、多くを失いすぎた。奴らは、かけがえのないものを奪いすぎた。
「デイシャさん、や……リド、さんを殺したのも…っ、」
息が苦しくて、言葉が詰まる。私を追い詰め、至極楽しそうに笑ってみせたティキ・ミックの歪んだ笑みを思い出して、吐き気がした。
「スー、マンさんを咎落ちにしたのだって…!」
嗚呼、何かが決壊して行く音がする。皆の敵であるティキ・ミック。彼をここで殺してしまいたいと思う私を、人は神の使徒と呼んでくれるだろうか。
彼らを失い、自らも殺されかけたというのに、この逃れられない現実を全て奴のせいにしようとしている私は、自分の無力さに目をつむる私は、聖職者なのだろうか。
「ティキ・ミック!!!その人なんですよ…ッ!!!」
ここで奴を助けても、殺しても、彼らはもう、戻ってきやしないのに。
瞳を覆うように水の膜が張っていて、視界はぼやけて酷いものだった。ただその中で唯一分かったのは、こちらへ近づく白髪。
「アルヴァ…ッ!」
胸を強く押されて、後ろへ派手に転ぶ。瞬間、訪れた衝撃。ぽろりぽろりと頬が濡れてクリアになった視界には、私を庇い攻撃を受けたアレンくんの姿が、あって。
「アレンくん!!!」
「がっ……ち、ちかづかない、で」
どす黒く悪に淀んだ攻撃が、その白髪を塗り潰す。最後まで私たちを制するためにこちらへ伸びた手が、消える。
窮地に立たされた仲間を見てほとんど反射的に、これまで幾度となく使われてきた私の攻撃パターンが頭に浮かんだ。少しでも時間稼ぎになれば、アレンくんならきっと立て直してくれるはず。
「滅罪ノ檻!!!無罪ノ加護!!!」
そう思った。
「が、は…ッ、」
ぐわん、と頭を揺さぶられる。
瞬き一つ分、意識が飛んだ。
胃の底からとてつもない嘔吐感が押し寄せてきて、両手は真っ赤に染まっている。震えとも痙攣とも取れる体は、まるで必死に自分を守ろうとしているようだった。
「…っ、くそッ!!リナリー!アルヴァとここにいろ!」
「分かった!」
体を起こそうとすると、それはリナリーちゃんに阻まれる。随分と重く、まるで鉛のように言うことをきかないこの体と、目の前に広がる光景を見て、悟った。
瞬き一つ分どころの話じゃない。奴のたった一撃に、私はやられたんだ。
足元に転がった扉のかけらを眺めながら、私は絶望を感じた。