「着いたっちょ」


アクマの声がした。でも、その声の内容を理解するのに少し、時間を有してしまう。


「(…感覚が、)」


物を触る。地を踏みしめる。その感覚がいつもより鈍い。それは曖昧だが、脳は興奮状態で、意識を失うことを許さない。ちゃんと薬が効いている証拠だ。…これくらいの辛さなら、まだ耐えられる。


両手には、イノセンスをすっぽり隠すほど広範囲に包帯が巻いてあった。先ほど試したが、発動は出来るから安心した。少し難点なのは、呼吸がし辛いこと。他にもふらついたり、貧血に近いものもあるが、外見には分からないだろうから大丈夫。大丈夫。まだ、やれる。


「エクソシスト様?」
「…、え?」
「降りないのですか?」


見ると、もう船には私しか乗っていなかった。…嗚呼、そういえば、日本に到着したと言っていたな…。


「私の背に乗ってください」
「あ、ありがとうございます」


私のことを背負いあげた船員さんは、名前をキエというらしい。軽々と持ち上げてしまったところを見ると、流石は海の男とでも言ったところだろうか。


「ようこそ日本へ!」


見たことのない、花があった。それは大木にいくつも小さな花が集まるとようにして咲いていて、綺麗だと思った。

あれは、何だろう。植物は専門ではないから分からない。知っている花なんて、数えるくらいしかない。それも、教団で見たクロウリー邸にあった食人花がひとつかふたつ混ざるだろうし。


薄いピンク色が、ふわりと風に乗って私の手に落ちた。…綺麗。班長は花が好きだろうか。そんな話、したことがなかったなあ。でもきっと、班長は素朴な花が好きな気がする。それか、誰も見たことのないような珍しい花。花屋さんで売っている花だったらいいなあ。そうしたら、今度任務の後に買って帰ろう。喜んでくれるかな、そうだったら、


「隠れろっちょ!!」
「!?」
「……え?」
「アクマが来る!はやく!!」


ぐん、と体を引かれて我に返る。そうだ、今は任務の真っ最中ではないか。常に緊張感を持っていないとまずい。また、意識が遠くに行ってしまう。




(レベル3!?)
(3体も…っ)
(こっ、呼吸するな気づかれる!けけ気配を消せるだけ消すっちょ!!)


アクマが、アクマを喰らっている。その光景は酷くリアルで、目をそらしたくなった。


(…アクマが……)


でも、逸らそうとしても逸らすことが出来なかった。何かにとり憑かれたように、それを目に焼き付けてしまった。


「うぇ…吐きそうさ。気分悪ィ…」


無事にアクマの目を掻い潜って、先に進む。ラビくんが何やらげんなりしている様子だったが、私も良い気分はしなかった。何かこみ上げてくるものがある気がして、身をなるだけ丸くする。


「大丈夫ですか?エクソシスト様」
「ええ…申し訳ありません。マオサさん…」


私の異変に気づいたマオサさんが、気遣うように後ろを振り返ってくれた。マオサさんの顔色もあまりよくない。さっきのアレが応えたのだろうか。


「水、飲みますか?」
「いえ…結構です。お気遣いありがとうございます」


キエさんの気遣いを断って、ただ身を丸めることに全神経を注いだ。今のうちに十分に休息を取らなければ、後に動けなくなる。…このまま無事に、何事も起こらずクロス元帥と合流できるなんてあり得ない。次の戦いに備えて、私は体を休めた。


「どうしたさサチコ!」


前方からラビくんの焦った声が聞こえる。慌てて顔を上げると、頭を抱えて呻くアクマの姿があった。


「は…伯爵様からの送信っちょ!!」
「伯爵から!?」
「まさか…」
「私達の侵入がバレたの?」
「い、いやそうじゃないと思うっちょ…」

「…この送信範囲は…、伯爵様が日本すべてのアクマを呼び集めようとしてるっちょ!!」


私たちの身に、これから何が起きようとしているのか。それが少しだけ分かった気がして、身震いがした。


「うああああっ」
「!キエさん、失礼します」


キエさんの背中から降りて、アクマの元へ向かう。二、三歩目にふらついてしまったが何てことはない。皆さんと同じようにアクマの元へ駆け寄ると、そこにはすっかり元のアクマの色を取り戻した、彼女がいた。


「ごめんちょラビ…。オイラ…伯爵様の元に行かなきゃ…」
「!?」
「待って…伯爵の元ってまさか…!?」
「江戸帝都に…今…。千年伯爵様が来てるっちょ…」
「「「!!!」」」
「千…っ?」
「江戸に…!?」
「あの伯爵だって…!?」
「…っ」


立っていられなかった。耐えられないほどの不安が押し寄せてきて、眩暈が止まらない。


「アルヴァ!」
「伯爵が、江戸にいる………」


どくんどくん、と私の心臓は早鐘を立てていた。





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