どこまでも続く長い階段。今はそのちょうど中頃、だろうか。そう思いたいが、まだ次の扉は見えていない。皆さんと同じように階段を登ろうとした私を、ラビくんはおぶってくれた。反論するのもためらうほどに、私の体は目に見えて限界に近づいていた。


「大丈夫さ?リナリー」
「大丈夫、歩ける。って言ってもアレンくんの手に引かれてるからえらそうに言えないんだけど」
「いえいえ、全然構いませんよ」
「コムイにバレたら大目玉さ」


聞こえてくる会話は、耳に入ってはいるが脳による解釈が出来ているかというとそれは怪しいだろう。先ほどの発動に体力の全てを使ってしまったと言ってもいいくらいだ。


「そういうラビこそ。そんなことしてリーバーさんが黙ってませんよ」
「う゛」
「「…」」
「……ティムキャンピーがどっか行っててよかったな」
「はは…」
「ラビくん…」


それまで一定のリズムで歩いていた彼が、少し立ち止まった気がしたから。すっかりうずめていた頭を持ち上げた。


「大丈夫さ?アルヴァ」
「申し訳ありません…ラビくんだって酷い怪我なのに」
「大したことないさ」
「そうですよ」
「うるさいさ、アレン」


いつもの調子のラビくんと、いつもの笑顔で笑ったアレンくん。いつもどおりに見えるからこそ、それが辛かった。


「…ごめんなさい」
「だぁいじょうぶさ、アルヴァ」


この動かない体が、弱い自分がもどかしい。皆さんのことを思うとたまらなく胸が締め付けられて、私はラビくんにしがみつく腕に少しだけ力を込めた。


「おぉう!アルヴァ、落ちないようにもっとちゃんと捕まっとけさ」
「え…?」
「下心ミエミエですよ、ラビ」

「頑張らなきゃ」


ぽつり。会話の間に落ちた言葉がよく耳に入った。それは私以外の皆さんも同じようで、目を丸めている。


「「「【がんばる】?」」」


当の本人は、しまった。という表情を浮かべていた。


「やっぱり足無理してるでしょリナリー!」
「ち、ちがうの考え事!教団に帰ったらすぐ鍛錬し直さなきゃなって…ッ」
「ダメだなリナリー。もっと色気あること言わんと恋人できねェさ!」
「ラビに関係ないでしょ!!」
「失礼ですよラビ!」


リナリーちゃんもアレンくんも、失礼なことを言ったラビくんに怒っている。チャオジーさんはきょとんとしていたけれど、なんだかそれがおかしかった。


「アレンは帰ったら何すんさ?」
「食べます。ジェリーさんのありとあらゆる料理を全ッッッ部!!!」

「アルヴァもたくさん食べますよね!!」
「…」
「アルヴァ?」
「…え?ええ…、一応」


アレンくんがこちらを向いて、私に話しかけている。そのことになかなか気付かなくて、反応するのが遅れてしまった。


「いやいや違うさ。アルヴァは疲れてるだろ?帰ったらオレと一緒に寝るの!」
「そうですね…しばらくは起きないと思います」


私の答えにラビくんは一体どんな表情をしたのだろうか。アレンくんが物凄く嫌そうな顔でラビくんのことを見ているのが見えるが、ここからではラビくんの顔を確認することはできなかった。


「二人とも違うわ」


やれやれ。とでも言いたそうな声色で、リナリーちゃんは切り出した。


「アルヴァはリーバー班長に会いに行くのよね?」


その名前に、体が反応したのが分かった。にこにことこちらを見つめる彼女の視線から逃げながら、小さく、本当に小さく返答をする。


「え?ぅ…、はい……そりゃあ…」
「…何さアレン」
「いえ、何でも?」
「ぶっ…あはっはははは……ハッ!」


突然響いた笑い声。それに皆目を丸めたが、どうやら一番驚いているのは声を上げた張本人らしかった。声の主であるチャオジーさんは慌てて弁解を試みようとしている。


「す、すいませんッス。なんか今のエクソシスト様達見てたら、オレらと同じ普通の人みたいで…」

「神の使徒様なんていうから、もっと人と違うこと考えてる人達かと思ってたっス」


彼の言葉が、胸に刺さる。私たちの認識なんて、所詮こんなもの。普通の人間じゃない。自分たちとは違う。そう思われても、当然なのだろうか。


「冗談言って笑ったりとか………恐怖とか………?そういうの………ぜんぜん…、無いのかと……ッッ」


分かっていてほしいと思う反面、そんなこと無理だろうと考えてしまう。私たちは戦いたいわけじゃない。でも、教団に抗う事なんてできない、から。


「あとひとつ…この先に待ってるものを乗り越えれば、きっとホームに帰れますよ」


ホーム。


「僕がホームで一番したいことは、みんなでコムイさん達に【ただいま】を言うことです」
「どんなに望みが薄くったって、何も確かなものが無くったって、僕は絶ッ対諦めない」
「アレンくん…」


そう、だ。私は班長に会わなきゃ。リーバーは、私のことを待っていてくれている。あんなに優しい人に、あんなに愛しい人に悲しい思いをさせるなんて出来ない。



帰らなくちゃ。みんなで。



階段の終わりが来て、光が差し込む扉が現れた。私たちはアレンくんを先頭に、歩きだす。




「アッレーン!」
「ロード…ッ」
「「!」」
「キャホォ〜!」


次の部屋に入って、その瞬間。私たちは皆我が目を疑った。何故なら見知らぬ少女が思いきりアレンくんに飛びつき、その勢いをそのままにキスをしたからだ。


「んなっ…!!!?」
「アレン、くん…」
「アレン?おいアレン!!」


アレンくんは呆然としていて、ラビくんの声も届いていないようだった。慌てる私たちを尻目に、ロードと呼ばれた少女は喜々とした様子。軽やかな足取りでステップを踏んでいる。


「千年公以外とちゅーしてるとこはじめて見たぞ」


見るともう一人のノアが食事をしていた。ロードの行動に驚いたようで、食事を口へ運ぶ手が止まってしまっている。


「ティッキーにはしなぁ〜い」


二人のやりとりに困惑する中、私はラビくんの背から降りた。…大丈夫。誰も死なない。死なせない。


「何してんの。座って」


怪しく口角を上げた奴と、視線が合った瞬間。大きく心臓が波打つのが分かった。


「待ってる間に腹減ってさ。一緒にどう?」


私はきっと、本能で彼を恐れているのだ。彼の笑みを、余裕を見るたびにあの時を思い出すのだろう。鼓動が早くて、心臓が爆発してしまいそうだ。


「闘る前にちょっと話したいんだけど?」
「お断りします。食事は時間があるときゆっくりしますから」
「その時間?あとどれくらいか知りたくない?」
「外、絶景だよぉ」


その言葉を聞いて、思うことは同じだっただろう。皆弾かれたように走り出し、外を見下すと、愕然とした。


「!!!」
「…………ま、街が…」
「嘘…」


塔の周りには何一つ残っていなかった。今まで私たちが通ってきた道も、家も、何もかもが、まるで最初からそこに存在しなかったかのようで。


「あと一時間も無いかな。残るは俺達のいるこの塔のみ。ここ以外はすべて崩壊し、消滅した」
「そんな…っ」


それじゃあ、それじゃ、あ


「……っ!!」
「アルヴァ!?待って!」




神田さんと、クロウリーさんは…、




「助けに行くつもりー?もう遅いよー」


私の目の前で扉を閉ざしたロードは、くすくすと笑いながらこちらを見ている。私が鋭く睨んでも、それは変わらない。


「座りなよ」
「座れよエクソシスト。恐ろしいのか?」


ワイングラスに口をつけたノアは、そう言ってまた口角を上げるのだった。



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