『大丈夫です』



それは、誰が見ても分かる強がりだった。



「アルヴァ…何を、言っているんです」


僕がジャスデロの攻撃から抜け出した時、アルヴァの体は【滅罪ノ檻】で包まれていた。そしていつもよりずっと力のない笑顔で、青白い顔で、滴る血液をそのままに、立っている。

先ほど、逃げ遅れたチャオジーを助けようと発動して、様子がおかしくなったのは分かっていた。だからこそラビは焦っていたし、僕もクロウリーも、ジャスデロの姿を見つけ出そうと必死になった。日本に来るまでにどんなことがあったのかも、江戸でどんな戦いがあったのかも僕には分からない。でも、今のアルヴァはすぐにでも壊れてしまいそうだった。何かを、諦めているようにも見えた。


「ラビくんならきっとすぐに鍵を見つけますよ」
「やめてアルヴァ…発動を解いて!」


がん、とリナリーが【滅罪ノ檻】に拳を叩きつけている。でも、アルヴァの笑顔は変わらない。


「アルヴァ!!!」


「もう…限界なんです」
「「「!!」」」


震える手。座り込んでしまった体。見るとリナリーが殴ったそこには小さくひびが入っていた。俯いてしまったアルヴァを見て、心臓が壊れるんじゃないかってくらいに鼓動が早まる。


「このままでは必ず皆さんの足を引っ張ります。…生きて、ここを出られるかも分かりません。っだったら…!」


皆まで言わなくても、アルヴァの言いたいことが分かってしまった。一緒にいた時間は少ないけれど、分かる。任務を遂行するために、僕たちを生かすために、アルヴァは犠牲になろうとしている。


「アルヴァ…っ」


そんなことさせない。させるわけにはいかない。


「チャンスは今しかありませんでした。こんな状態でも、時間を稼ぐことなら出来ます」
「アルヴァ!!発動を解けと言ってるんだ!!!」

「きっと私は追いつけないでしょう。ならせめて、皆さんが前へ進むための手助けをさせてください」



そう言ったアルヴァの瞳は、暗く、光を失っていた。



『リーバー!』



そこには、未来も希望も生きる力も、何もない。思考さえ、失ってしまったかのようで。
リーバーさんの隣で笑っているアルヴァの姿が、僕の頭に浮かんだ。本当は誰よりも生きていたくて、誰よりも、ホームに帰りたいって思っているくせに。


「いや…アルヴァっ」
「ジャスデビたまーっ!!早くそこから出るレロ!」
「チッ……気分悪ィぜ」
「…そう簡単には出させませんよ?」
「あぁ?」


口元を歪めて目つきを鋭くしたアルヴァは、そこにいるであろう二人に向けて挑発していた。どうしてそこまでするのか、僕には分からない。だって、アルヴァとリーバーさんはあんなに思い合っているのに。どうして、自ら立ち向かっていくのか。リーバーさんがどんな気持ちでアルヴァの帰りを待っているのか、知らないはずがないのに。


「触れられないのではありませんか?」
「いてえ!?触ると溶けるぜ!ヒィ!」
「ぎゃはっ!これでオレらを封じたつもりかよ」


デビットの、見下したような凄みの利いた声がした。その一瞬後に、床に叩きつけられる小さな体。


「……っう」
「「アルヴァ!!」」


もう、見ていられなかった。アルヴァ一人に背負わせて、僕たちだけ先に進むだって?アルヴァが死んで、僕たちが生き残るだって?そんなことして、誰が喜ぶ。みんなは、アルヴァは、


僕が守る。




「本体潰せばいんだろ?」
「ヒヒッ!こんな死にぞこないあっという間だヒィ!」
「やめろ!!!」


【神ノ道化】を発動させて、【滅罪ノ檻】へ介入しようと力を込める。床を流れる血が、僕を焦らせた。




「こ…、ないで」




震える手。崩壊寸前の、脆くなった盾。僕は、そんなアルヴァの表情を見て、動くことが出来なかった。



アルヴァは、頬に笑みを湛えていた。




「早く出せ!ヒヒッ」
「このイノセンスまじうぜえ。さっさと死ねば」
「っ…ぐ、」
「アルヴァ…いや……アルヴァっ!!」
「大、丈夫……わたしは、…大丈夫です…か、ら」


嗚呼、どうしてアルヴァは弱みを見せてくれないんだろう。たった一言でも、助けを乞うてくれたらどれだけ楽か。こんなの、見ていられなくなるだけじゃないか。リナリーが泣いている。チャオジーが必死に何かを叫んでいる。でも僕は、突然頭に思い浮かんだシーンに思考を奪われていた。そうだ。僕は


「アレンくん…?」



僕は、忘れていた。



『あいつが戦闘中に無茶しそうになったら、止めてやってくれ』
『俺の代わりに、あいつのこと気にかけてやってくれないか?』
『俺は、お前らみたいに戦場へは行けないから』

『……頼んだぞ、アレン』



無理やり【滅罪ノ檻】の中に手をつっこんで、アルヴァの肩を掴む。すると反対側の肩もクロウリーによって掴まれていた。こんなに簡単に中に入れるくらい、衰弱していたんだなあと、思う。


「リーバーさんとの約束を破るわけにはいきません」
「負担はかけさせんと何度言ったら分かる」
「あ…」


僕たちの力で強制的に発動を解除したアルヴァの目には、徐々に光が戻って来ていた。その光が雫になって、ぽろり。後から後から流れてきて止まりそうもない。


「発動を解け、アルヴァ」
「このままじゃあなたは死ぬかもしれない…!」
「【死】…」



しにたくない。



その震える声を聞いて、やっぱり無理をしていたんだなあと思った。死ぬこととかリーバーさんのこととか、全部考えないふりをして、必死に自分を殺してエクソシストになろうとしていたんだ。自分が死んでしまったとしても、僕たちを進めることで、少しでもリーバーさんの気持ちが楽になるように、……というのは勝手な僕の解釈だろうか。


「……後は任せてください」


僕の声を聞いたアルヴァは、静かに瞼を閉じた。





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