「うちの元帥を狙ってるノアだ。何度か見てる」


神田さんの言葉を聞いて、ノアが口角を上げたのが分かった。先ほどから一言も言葉を発せず、私たちのことをただじっと見つめている奴も、神田さんと対峙することを望んでいるとでもいうのだろうか。


「!!」


その時、ぐらりと地面が揺れた。まだ崩壊こそしていないが、この感覚は先ほど体験したばかりだ。もう直にここも崩壊してしまうのだろう。


「僕も残ります神田!」
「アレン!」
「みんなはスキを見て次の扉を探して進んで下さい!僕らもあとから…」
「ダメです。何を…」


離れ離れになってはいけない。確かに効率良く先へ進むことは可能だ。だが、それでは全く意味がない。扉に入る前に誓ったあの約束は何だったのだ。


全員で、ここを脱出すること。それが私たちの行動の答えだ。


「お前と二人なんて冗談じゃねェよ」
「神…っ」

「オレが殺るつってんだ」


今までノアに向けられていた神田さんの殺気が、こちらへと矛先を変えてしまった。すでに抜刀された【六幻】を構えた彼からは、ただならぬオーラが発せられている。


「とっととうせろ。それともお前らから斬ってやろうか?あ?」
「えっ、ちょっ…鬼が出てるんですけど…」
「ほ、本気…?」
「「カ、神田さん…」」
「界蟲一幻!!」
「「ぎゃぁあああぁああっ」」


容赦なく飛んでくる攻撃をかわしながら、何とか神田さんの側まで進む。途中物凄い叫び声をあげるラビくんや、大声で悪態をつくアレンくんとすれ違ったが、彼らはそのことにも気がついていない様子だった。


「神田さ、」
「「「もー知らねっ!神田なんか置いてってやる―――!!!」」」


荒い息を繰り返しながら神田さんに反抗している皆さんは、相当頭に来ている様子だった(あの温厚なクロウリーさんでさえ、青筋を立てていた)。


「…はぁ」
「あっ、タメ息ついてるよ」
「オレらがつきてーっつーの!!」
「で、何でお前はここにいんだよ」


神田さんの目の前に立った私は、彼のその鋭い眼光に負けないくらいの勢いで睨み返してやった。今度ばかりは言いくるめられてはダメだ。何とかして彼を説き伏せなければ。


「置いて行けません」
「行け」
「ですが、」
「いいから行けって言ってんだ」
「…出来ません」


神田さんの眉間の皺が深くなる。大きなため息を吐いて、彼はもう一度私と向き直った。私と言えば、先ほどの威勢はどこへ消えた、と言わんばかりの表情だ。頼りない表情をしていることくらい、自分でも分かっている。


「めそめそすんな。面倒だ」
「…っ、面倒でも何でもいいです。だから神田さん…!」


神田さんが強いことくらい分かってる。私が言ったところで彼の決めたことが覆るわけないことも、分かっている。じゃあ、このまま見捨てろというのか。神田さんを捨て置いて、私たちだけ生き延びろと?そんな選択しか残されていないなんて信じない。もう…これ以上誰も犠牲になんてなってほしくないのに。


「チッ……」
「は、え?」


ぐん、と強い力を感じた。いつの間にか私の首根っこは彼の手によって掴まれていて、今感じている力はその遠心力らしい。みるみる血の気が引くのが分かった。


「か、かんだ、さ…」
「いちいちうるせえ。理解しろばか」


神田さんの手が私から離れ、私は宙に投げ飛ばされた。



「ええぇえぇぇええ!?」
「いっ…、アルヴァ!?」
「アルヴァが飛んできたさ!?」


ぐるぐると世界が回って、独特の浮遊感に背筋が震える。慌てている皆さんの声が少しだけ聞こえた気もするが、耳のすぐ近くで鳴る風の音がそれを遮っていた。というか、神田さんは一体どういう神経をしているんだ。


「、っきゃ」
「っ…大丈夫ですか?アルヴァ」


私が落下した先にいたのは、アレンくんだった。私はちょうど彼のお腹あたりにうつ伏せで落ちてきたのだが、上手く支えてくれたため大きなダメージはなかった(少し目が回ったくらいだ)。


「も、申し訳ありません…アレンくん」


にこにこと笑うアレンくんだったが、人一人、ましてや飛んできたことで衝撃は増大したはずであるから、お世辞にも平気だと言えるものではなかっただろう。申し訳ないのと恥ずかしいので私はすぐにアレンくんから退いて何度も謝ったが、どうやら彼の怒りは私に向いていないようだった。


「あのバ神田…!!女性になんて扱いを…!!!!」
「大丈夫さ?アルヴァ」
「わ、私は平気ですけど…」


私の視線に気が付いたラビくんは、苦笑いを零していた。いつものことだから、と半ば呆れかえってはいたけれど。


「怖いッスあの人」
「やっていられないである!!」
「み、皆さん落ち着いてください」
「そうよ!神田は…」


怒りをあらわにしていた皆さんを、リナリーちゃんと一緒になんとか宥めていると、その場の空気が一瞬で張り詰めたような感覚に襲われた。隠すそぶりも見せない大胆な殺気に、飲み込まれそうになる。


「おいおいお前ら、ゴチャゴチャうるせェぞ」
「!!」
「っ…!?」


ばちばちと光を放ち、姿を変えていくノア。その姿に見入っていると、いつの間にか神田さんが奴に歩み寄り、戦闘準備をしていた。ここからではよく窺えないが、奴も何か攻撃をしようと構えている様子だ。


「っ神田さん!!」
「二幻【八花螳ろう】」


ノアの攻撃と迎え撃つ神田さんの力が、離れたこちらまでびりびりと伝わってくる。始まって、しまった。でも今なら間に合うかもしれない。まだ、今なら


「神田…っ、追いかけてこなかったらぶっとばしますよ!」
「エクソシスト様!あそこに別の建物が!!」
「神田さん!!!」


イノセンスを発動させて、神田さんの元へ走る。すると、すぐに何かに引き寄せられて、元の場所に戻ってきてしまった。チャオジーさんとクロウリーさんが次の扉の中に入っていくのが見える。


「アルヴァ、行くわよ」
「リナリーちゃ…」


私を引っ張っていたのは、リナリーちゃんだった。険しい表情をした彼女が、ずんずんと先を進んで行ってしまう。私の足も、それにつられて歩きだしてしまった。違う。ばらばらになってはいけない。このまま離れてしまったら、もう二度と会えなくなるかもしれないのに、


「おい」


神田さんの声が響く。彼はこちらに背を向けたまま動かない。私の意に反して、体は次の扉の中へと引かれてしまう。神田さんの影が、遠くなる。



「後で必ず追い付く」



その扉はゆっくりと音を立て、彼の背中を消した。







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