突如現れた人影は、癖のある髪をした男性だった。厚い眼鏡をかけているその顔は、まったく見覚えのないものだったが、違う。この雰囲気は、分かる。まだ理性が追いついていないからだろうか。本能が違和感を感じていた。こわい。こわい。


「「「ビン底!!!」」」
「え、そんな名前?」
「ななっ?なんで?なんでここにいんの!?」
「、っ神田さ」
「おい」


座り込んでいた私の襟首が、思いきり引かれてアレンくんたちから離れた。その荒っぽさから神田さんだろうという察しはついていたがその意図は読めない。


「そいつ殺気出しまくってるぜ」


下がらせた私の前に【六幻】を構えながら現れた神田さんは、その男性を睨むようにしてそう言った。不思議と恐怖心は和らいでいる。


「出口欲しいんだろ?やってもいいぜ?」
「!?」


挑発的に舌を出して見せたその男性は、一瞬前とは別人の姿になっていた。その目に、ぞくりと震える。視線を逸らせない。


「やっほー。さっきぶりだな」


こちらに向けてひらひらと手を振るその姿に、忘れたはずの傷が疼いた。


「…出口があるって、それは「この方舟に出口はもうねェんだけど、ロードの能力なら作れちゃうんだな、出口」


にっこりと笑って見せたノアは、どこからか鍵を取り出した。そして、それとほぼ同時に彼の後ろの地面からハートの形をした扉が出現する。それに思わず身構えた。


「!!?」
「うちのロードはノアで唯一方舟を使わず空間移動ができる能力者でね」
「どっ、どういうつもりレロ!ティッキー!!伯爵タマはこんなこと…」
「ロードの扉とそれに通じる3つの扉の鍵だ。これをやるよ」


そら、と言ってノアがそれをこちらに投げて寄こした。イノセンスを発動させ、警戒しながら小さな鍵を受け取ったが、それは何の変哲もない平凡な鍵らしい。


「扉は一番高い所に置いておく。崩れる前に辿り着けたら、お前らの勝ちだ」
「本当…なの?」


口をついて言葉が零れる。ほとんど無意識だった。


「本当だったらいいな」


そう言ってノアは、何度目かの至極愉快そうな表情を張り付けた。私は受け取った鍵をきつく、きつく握りしめる。


「うわっ」


一際強い揺れが地面に走り、自分の意に反して体が傾く。それまで踏みしめていた地はみるみるうちに割れていき、がらがらとどこかに落ちていった。


「ヤバイ走れ!崩壊の弱い所に!!」
「っ…!」


崩れた地面は重力に従って落ちていく。落ちて、いくのだ。今、私たちがいるのはただの町じゃない。浮いている。その下には、くらいくらい真っ黒の闇。


もし、あそこに落ちたら、もう…。


「おい」
「…神田、さん」


気づけばすぐ近くで、神田さんがその鋭い瞳を私に向けていた。さっきまでの闇に怯える自分を見透かされた気がして、ばつが悪い。今はその瞳さえ、こわい。


「走れるか」


こうしている間にも、みしみしと地面は落ちていく。世界を包む揺れは治まることを知らない。


「このくらい、大丈夫です」
「ぴーぴー泣いてたくせにな」


皮肉っぽく鼻で笑った神田さんは、皆さんよりも遅れをとる私の手首を掴んだ。反論してやろうにも、できない。弱い自分が嫌になる。


「ここから出るぞ」

「こんなくだらねえとこに閉じこめられてたまるか」


こんな状況でも舌打ちを打つところが、彼らしいと思った。そして、神田さんがとても優しい人だとも。

「…はい!」




「ここまで来れば…」


やっとの思いで崩壊が進行していない場所まで来ることが出来た。だが、ここまで逃げてくるのは安易ではなかったし、これからどんどん崩壊していくのだとしたらそれはもっと難しくなる。問題は山積みだった。


「どーするよ…」
「逃げ続けられんのも時間の問題だぜ。伯爵の言う通り、3時間でここが消滅するならさ」


先ほどのノアは、ロードの扉とそれに通じる3つの扉、と表現していた。恐らく一筋縄では進めないのだろう。何が待っているかも分からない。


「…ここは鍵を使うべきと思います」


でも、私はただもう一度あの人に会うことを、望んでいた。進むことで伴うリスクや危険なんて、まるっきり頭になかった。


「しゃーねぇってか」


ラビくんの声に、皆が同意した。誰が鍵を開けるか、ということで少し戦い(じゃんけん)が勃発したが、アレンくんの一人負けによりすぐに解決。ゆっくりと鍵を回すと、それまでのドアの模様から一変した、奇抜なデザインの扉が姿を現した。


「絶対脱出!!です」
「おいさ」


アレンくんの出した手の上に、ラビくんがさらに手を重ねていた。みんなもそれに続いていく。


「である」
「うん」
「ウッス」
「はい」


私がチャオジーさんの上に手を重ねても、次の彼の手はいつまで経っても降りてこなかった。


「神田〜…」
「やるか。見るな」


少しだけ期待を込めて、みんなで彼に視線を送ってみても、返ってきたのはいつもの調子の返答だった。それに嫌悪を示すことなく、むしろ安心感がこみ上げてくる。


「ふふ…」
「ですよね」
「行くぞ」



部屋の中は、幻想的な雰囲気の漂う空間が広がっていた。三日月が三つもこちらを覗いていて、きらきらとどこかしこが光っている。大きく突出した岩肌がいくつもあり、大きな虹が掛かっていた。


「何だここ…?」
「外じゃねェな…」
「恐らくまだ方舟の中…ここは方舟が所持している空間の一つでしょう」


とにかく、何かが起こる前に次の扉を探さなくてはいけない。それが最優先事項だ。またここもすぐに崩れるかもしれないし、こうしている今もリミットは確実に迫ってきている。早く、早くロードの扉までたどり着かなくちゃ、


「!」


私が一人、焦りを感じていると少し前を歩いていた神田さんが突然立ち止まった。


「神田さん?」
「シッ、黙れ」

「いるぞ」
「…!!!」


私たちがいるところから少し離れた場所に、ゆらりと動く影を見た。その大柄な体格には見覚えがある。


「さっきの……っ!」


伯爵たちと一緒にいた、ノアの一人だ。


「お前ら先行ってろ」
「「「えっ!?」」」
「ユウ?」
「神田さん!!何を…」


すたすたと前に出た神田さんは【六幻】に手を伸ばす。私が慌てて駆け寄っても、彼は眉一つ動かさなかった。


「アレはうちの元帥を狙ってて、何度か会ってる」
「カッ、神田一人置いてなんか行けないよ!」
「勘違いするな」


神田さんの身を案じてリナリーちゃんが声をかけても、ぴしゃりと冷たく言い放ってしまった。彼の性格なら分かっているつもりだ。これからの展開だって、予想がつく。でも、それじゃあ……!!


「別にお前らの為じゃない」

「任務で斬るだけだ」


彼の刀身が、怪しく光った。



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