私が目を覚ましたのは、目覚ましにセットした時間より少し早い時間だった。ぼんやりと働く頭で、考える。今日は土曜日だ。


「起きたんさ?」


朝の冷たい冷気に顔をしかめて、欠伸を噛み殺しながらキッチンの方を見ると、そこには少しくたびれたシャツを着たラビがいた。


「あれ…、ラビ」
「はは、すげー寝癖」
「え、うそー」


恥ずかしい。せっかく今日はラビがいるのに、寝癖頭なんて全然可愛くない。私は慌てて直そうとしたけど、すごく優しい、甘い声でラビが私の名前を呼ぶから、寝癖なんて気にならなくなった。


「おいで」


ラビが私を見てる。この仕草はずっと前から大好きで、こうする時はいつも私のことをめいっぱい甘えさせてくれるんだ。たぶん、今日はずっとラビを独り占めにできる。


「ラビ、」


私は、少しだるそうに立っているラビの元へ歩く。シャツのボタンが三つも開いていて、セクシーだ。ひんやりと足の裏に伝わるフローリングの冷たさだけが、妙にリアルだった。


「名前のにおいだ」
「え?なにそれ」
「分かんね。でもいいにおいさ」


ラビが呼吸をするたびに、私の首筋に熱い息がかかってぞくぞくした。ただでさえ、こんなに近くにラビを感じて、緊張してるのに。

ラビはそのまま私の首筋に唇を落とすと、一度体を離して私の寝癖を直してくれた。そこで気づいたけど、ラビはお風呂に入ったばかりみたい。ほんのりシャンプーのにおいがしたし、どこか髪が湿っているようだったから。


「ラビは朝早いねえ」
「え?」
「いつも遅くまでお仕事してるのに、」


お疲れさま。私は笑った。ラビは、きょとんとしてた。でも、私は笑った。


「そーそー!あいつら人使い荒いんさ」


毎日毎日、ラビは帰ってくるのが遅い。それは、ラビが面倒見がよくて良い上司であり、先輩たちにも好かれてて、みんなに頼られちゃうからなんだって。本当は辛かったら断ってもいいのに、ラビはそれをしない。頼られると嬉しくて、ついいつも残業しちゃうんだって。


「でも、もっと寝ててもいいのに」


こんなに朝早くに起きてなくても、たまの休日くらいはゆっくりして欲しい。いつもいつも休みの日だって忙しいラビだけど、たぶん、今日はずっと家にいるんだろうから。


「あー…、何か目が覚めて」
「分かるよー、そういうときって二度寝できないよね」


そういう経験なら私にもあった。だから、ラビの気持ちも分かるよ。なんかもう寝る気も起きないようなくらい、目が冴えちゃう時ってあるよね。


私が笑ってたら、ラビも笑っていた。いつものラビの顔だった。


「ほら、ボタン閉めないと風邪ひいちゃうよー?」


すっかり皺が寄ってしまっているシャツに手をかけて、下の方から閉めてあげる。ふたつめ、閉めようとしたらラビが突然思いっきり身を引いた。


「、あ…わり」
「ラビ…?」
「あー…、その」


ばば、と私が触る隙も与えずに、ラビはボタンを閉めきってしまった。私はその行動に思わず疑問を持ったような表情になるが、すぐに申し訳なさそうな顔に変えた。眉間に皺を寄せる。


「ごめん、かけ間違えたかな?私…眼鏡かけてないからよく見えなくて」


目をこする。思ったより力を入れてしまって、逆に視界がかすんでしまった。ため息のような大きな息を吐いているラビが見える。


「また視力落ちたんじゃないか?」
「うーん、そうかなあ」
「だいじょーぶさ?オレのこと見えてる?」


私の目の前で、ふざけてみせるラビに思わず笑ってしまった。見えてるよ、って笑えば、ラビは私の頭を撫でてくれた。

そしたら、そのままラビは寝室の方へ歩いて行ってしまった。着替えてくるんだろう。私は、朝ごはんの用意をすることにする。


「…もしもし?」


今日はトーストの気分だな。トースターに食パンを一枚セットする。


「分かってるさ。なに、大丈夫大丈夫」


フライパンに火をつけて、ベーコンを一切れ、卵を一つ割って。


「…仕方ねえな。お前には本当、振り回されっぱなしさ」


朝ごはんのにおいがした。いつもの、たぶん、ずっとこのままの朝ごはん。


「悪ィ名前、部下が会社で呼んでるんさ」


寝室からラビが出てくる。耳に光るピアスは見ないふり。私は今、視力が悪い。


「人気者なんだから。無理しないでね?」
「ありがと。行ってくるさ」



私は笑った、ラビも嗤った。



「…」


ぱたん、と閉じたドアを焦点の合わない目で見つめる。私の世界が閉じてしまった。途端に自分が哀れに思えた。部屋の中には、今頃になって目覚ましが私を起こそうとしていた。



鳴り響く警告音


浮気性の彼



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