珍しく、一人での任務だった。町の人を困らせていたイノセンスの回収。それはあまりにも容易くて、ファインダー部隊と共に笑ってしまうほど。本部への報告を終えて、お礼がしたいと言う町の人たちとお酒を飲んでいたところだった。
皆が私に感謝の言葉をくれる。その光景が、まるで自分が正義の味方になったようで誇らしかった。
「お嬢さん」
だから、油断していた。
人通りの少ない路地に手を引かれ、暗闇に飲まれる。どん、と胸を強く押されて冷たい壁に背中を打ち付けた。
目の前の、双眸に震える。ぎらりと怪しく光ったそれは、いとも簡単に私の足を棒にした。
「お名前、なんて言うの?」
ぬ、と近づいた顔には、見覚えがあった。瞬間ぞくりと背筋が凍って、私のイノセンスである銃を取り出す。
「ノアの一族、ティキ・ミックだな…!」
「俺も有名になったもんだな」
撃ち殺してやる。そう思って引き金に指を置いた。しかし、それよりも早く私の銃に手を伸ばしたティキ・ミックは、さも当たり前のようにそれを弾く。
「でも、今日のオレはノアじゃない」
にやりと口元を歪めた後で、私の両手は奴の片手に捕まった。それを頭の上に縫い付けられて、身動きが取れなくなる。全身の血の気が引いていくようだった。私は、この男から逃れることが、でき、ない
「エクソシストって言ったって、女だろ?」
「やっ…!」
奴の手が、私の体を這う。つつ、と鎖骨をなぞられて、ぞわりと寒気がした。ひんやりとした感覚が、私の心臓を凍らせる。こいつ、は何を…している、の。
「俺たちノアだってニンゲンなんだぜ?」
「もちろん、こういう感情だって持ってる」
突然近づいた奴の顔。それは私の首もとへうずめられた。
「ひ、…っぁ」
首もとを這い回る、舌。それはちゅくちゅくと水音を立てることをやめなかった。時折吐き出される奴の息が、まるで獣のようで。ちょうど耳のすぐ下あたりをきつく吸われているのを、まるで他人事のように感じていた。
「や、めて…!離し、てよ!!」
「…なんで?今の俺はノアでもなんでもない。ただの、ニンゲンだよ」
「ふ、ざけるな…」
私のことを殺して、イノセンスを破壊する事が目的だってことくらい分かっている。なのになんで、こんなこと。こんな、辱めるような、
「本気だよ」
低く響いた声に、ぞくりと震えた。私の目を真っ直ぐに見つめる奴の瞳には、熱と欲が揺れている。それを見て、今から犯され殺されるんだと悟った。
「あんたさ、綺麗な顔してるよね。本気でヤりたくなってきた」
ぶちん、ぶちんと派手な音を立てて、ボタンが弾けた。冷たい風が肌を撫でたことで、自分の置かれた状況を思い出す。に、げなきゃ…だって、教団には
「や…、ッ…かん、だ…ぁ…」
密かに恋慕う彼を思い出すと、目頭が熱くなった。まだ、何も伝えていない。いつも気にかけてくれるのが嬉しかったことも、ずっとずっと好きだったことも。
鼻の奥がつん、としていよいよ視界がぼやけ始めた。忌々しい奴の顔を、見なくてすむ。
「…妬けるね。そんなにあいつがいいの?」
ぐ、と顎を持ち上げられて無理やり目を合わせられる。その衝撃で、溜まっていた涙がぽろりと流れた。
「それとも、俺のこと煽ってる?」
私はきっと、このまま奴に捕食されてしまうのだろう。嗚呼、これから神田を思うことすら叶わなくなるのだろう。
考えることを放棄して、ただひたすらに時が早く過ぎ去るのを待つ。骨張った指に何度も噛み付き、何度も叫び声を上げたが、奴が動きを止めることはなかった。
「…っ!…ぁっ…ん!」
「…なあ、アンタらが神の使徒なんだったらさ」
「ん……、っふ」
「助けに来てくれるんじゃねえ?その、【神】ってやつが」
暗転