story 6~お嬢様の微笑み~





「もうやってられないわ!さっさと母国に帰りなさいよ!!!」











そう、タンカを切って部屋から出て言ったのはこの屋敷の問題児杏凛。
その歳では考えられないほどの知識量と柔軟すぎる考え方、新しい事も古い事も大好きで、屋敷の本はすべて読み尽くして暗記しきってしまうような天才児であるが…。











「待ちなさいアンリ!わざわざフランスから来て頂いたんだぞ!」
「知らないわそんなこと!あんなひと大っ嫌い!!!」












中々に頑固で我が儘な性格なため、大人であろうが客人であろうが気に入らなかったらすぐ喧嘩になってしまう。

先程もそうだ、傍から見ればほんの些細な事を酷く言い争ってはどちらも引かず、このような結果になった。
一応、杏凛も客人であり自分の教師としてきていただいているのだからと最低限の礼儀は弁え、大人しく振る舞っては居たのだが、自分の考えが正しいと言い切り曲げようとしなかった。
先方も名のある教授であるため、この様なまだ幼い子供にあれやこれやと言われればプライドというものもある。
話はこじれにこじれ、最終的には全く関係の無い話で討論になっていた。










「お前のためにわざわざ呼んだんだ、なのにその態度は何だ!!」
「お父様が勝手に連れてくるんでしょ!?そんなのちっとも私のためじゃないわ!!!付いてこないでちょうだい!!」
「親に向かってその口の聞き方はなんだ!!」











ここ最近の杏凛は特に荒れていて誰も手がつけられない状態だった。
今回は父親らしく杏凛を咎めようと、その肩を掴んだ時だった。
ビリリと背筋を駆け抜ける強い殺気を感じ、ビクリと手を震わせた。
その殺気の元は、紛れも無く我が子からで、その殺気が向けられているのは紛れも無く父親の自分で。










「"あの一件"以来、真実を話すこともなく、仕事を理由に避け続けるあなたの事なんて、もう親でもなんでもないわ。」













その声はその幼い容姿からは想像もできないほど、冷たく、低く響いた。
誰が教えたわけでもなく、だが確実にマフィア界での生き方を身に付けていく杏凛を少し恐ろしく思うこともあるくらいだ。
強く払い退けられた手をそのままに、小さな後ろ姿を見つめるしかできなかった。


























「あー、もう、もう、面倒くさい!お父様もあの偉そうな教授も大っ嫌いよ!」












杏凛は募る苛立ちを抱えながら屋敷をズンズンと進んでいく。

自分にだけあれやこれやと勉強を押し付ける父。
アンリのため、アンリのためと呪文のように唱える父が鬱陶しくもあり、少し怖くもあった。
確かに杏凛は物覚えが良く器用で何でもこなせる天才児だが、まだ5歳の少女には耐え難いものであった。

もっと自分にも構ってほしい、もっと優しく甘やかしてほしい、ただそれだけの事なのにプライドが邪魔をして許さない。

そして、この間あったフランス語教師の件…。
モニカに調べさせ出てきた情報は杏凛にとってとても残酷なものであった。
父の財産を狙うどこの馬の骨とも知らない女が、私達兄妹の秘密を何かしらで手に入れ、それを盾に父を脅していたとの情報だった。
でもそれならすぐ殺してしまえばよかったのだ、なんでそんな奴を野放しにして自分の教師として迎え入れたのか…?
私に何かあったらどうするつもりだったのか?と
不満が溢れ出てくる。

その件がさらに杏凛のプライドを高く積み上げていく。











「大嫌い…、大嫌いよ、お父様なんて。」












そんな杏凛は溜まったストレスを吐き出すべく、ズンズンとひたすら廊下を進む。

すると、少し空いた部屋の扉からメイドたちの小さな話し声。
こんな、普段誰も使わないような部屋でするメイドたちの囁きは決まって誰かの噂話か悪口だ。
ニヤリと悪い笑みを浮かべて気配を消し、聞き耳を立てる杏凛。












「…、その為に今回もフランスからわざわざお呼びしたそうよ。」
「ええ…?でもそれじゃあアンリ様がお可哀想よ…。」












聴こえてきたのは自分の名前。
好奇心に踊る気持ちはスッと消え去り、真剣に聞き入った。










「そんなのあんまりだわ…、アンリ様を嫁に出すだなんて。ついこの間5歳になったばかりなのよ…、許嫁ならまだしも、相手の方は10も離れているっていうじゃない。」
「それが何でも、あの有名なボンゴレのご子息らしいのよ。」
「ええっ!?何ですって!?」











次々に出てくるワードに、杏凛は目を見開く。
元々大きな瞳がさらに大きくなり、ポカンと口も開いた。…わたしが、結婚?
あの、有名なボンゴレのご子息と?














「…ナニソレ。」













これまでに無いほどの、恐ろしい声が響いた。












「ひっ…!アンリ様…!」










扉の影から音も無く姿を現した杏凛に、メイドは息を呑む。












「メイドが、仕事もせずこんな所でサボって…、仲良く噂話?」















ゆっくりとメイドに近づく杏凛。
その表情は、幼さを残しつつも酷く冷たい笑みを浮かべていた。












「お、お許しくださいませ!根も葉もない、う、噂話にございます!どうか、どうか…!」











冷たい視線で2人を見つめ、呆れたように笑う杏凛。
まだ5歳にもならないと言うのに、その姿にメイドは恐れ慄いた。
すぐに杏凛に頭を下げ、許しをこうメイド。

その小さな体のどこから発せられるのか、とてつもない威圧感にメイドたちは全身から冷や汗をかいた。
ベッタリとした汗が顎をつたい、絨毯にシミを作る。

そんな中、先ほどの冷たい表情とはうってかわり天使のような微笑みを浮かべ杏凛は、そっとメイドの頬に手を添えて顔をあげさせた。













「あら、じゃあそんな下らない噂を流した人にお仕置きしなきゃね…。言いなさい、誰がそんな下らないことを言い始めたの?」














その微笑みは、心臓を確実に握った悪魔のような微笑み。
愛らしいその表情の奥で揺れる瞳は、獲物を逃さんとする獣のようだ。
メイドは恐る恐る、全てを話すしかないのだった。














「…め、メイド長のベネデッタ様が、だ、旦那様が話しているのを、小耳に挟んだと…!」











メイドの言葉に、少女は一瞬瞳を揺らめかせた。
だがすぐにまた微笑んで、メイドの耳元で囁くのだ。













「もっと、詳しく話しなさい?」










story 6~お嬢様の微笑み~







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