story 2~退屈から逃げ出して~


ポロン、ポロンと美しいピアノの音色が部屋に響く。
ピアノを奏でるのは、冷たくも美しい色合いの銀髪を持った少年。
母親譲りの天才的なピアノの腕は、様々な人を虜にしていった。
そのピアノを聴きたいと、あちこちのパーティー会場に引っ張りだこである。
そのパーティーで、どのような会話が飛び交い、どのような交渉が行われているのか薄々気づいている隼人だったが、今日も父のため…そして何より自分のピアノを好きだと言ってくれる妹のためにピアノの練習に勤しむのであった。












「お嬢様ー!アンリお嬢様ー!!」












そんな中、何やら中庭の方から慌ただしいメイドたちの声が聞こえた。
メイドがしきりに呼ぶのは隼人の双子の妹、杏凛の名前だ。
ピアノを弾くのを一旦辞め、窓を開ける。
すると、爽やかな風が窓から吹き込み、隼人の髪をかき乱した。










「…杏凛、メイドたちが探してるぞ。」
「あれっ!なんでバレたの!?」











窓から身を乗り出し、見上げれば屋根の上にちょこんと座る杏凛の姿。
杏凛は心底びっくりしたというような顔で隼人を見つめては少しイタズラっ子のように笑うのだった。










「どうせ授業サボって俺のピアノ聴きに来てたんだろ。」
「ふふふっ、当たりー!」











悪びれる素振りもなく笑う杏凛は、まるで先ほどの風のようにふわりと窓から入り込んできた。
女の子なのに、とてもシンプルな深い青のワンピースを翻し、隼人の前に降り立つ。
同じ銀の髪に緑の瞳。
違うのは髪型と服だろうか。
瓜二つの顔が二つ並んでははにかみ合う。










「杏凛もピアノ弾けよ、お前の方が俺よりずっと上手いだろ。」
「えー、私ピアノは聴く専門なのー!早く続きを弾いてちょうだいよ!」











隼人の言葉を即答で切り捨て、ピアノの周りで踊るように駆け回る杏凛。
そんな無邪気な彼女の姿を見れば隼人は仕方がなさそうにピアノに座り直した。











「因みに、今日は何で抜け出してきたんだ?」
「もー、聴いてよ!世界史の先生がいらしていたのだけれどね、訳の分からない解釈の仕方をするものだから討論になったの!」










杏凛は、この年にしては物覚えが良すぎるくらいの頭脳を持っている。
隼人も決して悪くは無いのだが、杏凛が良すぎるため隼人のスピードでは退屈してしまいすぐサボるようになったのだ。
それからは別々の先生に来てもらっているが、頭が良く、そして子供故の柔軟で幅広い発想であれやこれやと自論を並べるため、この様に来てもらった先生とよく言い争いをしてサボるのでどちらにしろ悩みの種であった。
そして、そういう日は決まって隼人のピアノを聴きに来ているのだ。












「余りにも頭が固くてわからず屋で、ほんっっっと!大人って嫌になるわ!!」
「でもこれ以上揉めたら、もう杏凛に勉強を教えてくれる先生がいなくなっちゃうよ?」
「あら…、いいのよ別に。あんなのお父様が呼びたいだけなんだから。」









杏凛の未来を案じて優しく促そうとする隼人だが、その瞬間杏凛の視線は氷よりも冷たく鋭いものになった。

杏凛は、ここの所父親を毛嫌いしているのかろくに口もきかない。
年頃の女の子はこんなものさと、父親の言葉を思い出す隼人だが、この視線はそんな生易しいものではないと物語っている。

父と杏凛の間で何があったのか…、隼人には分からない。










「そんな顔するな、不細工になるだろ。ほら、子犬のワルツ弾いてやるから。」
「まあ!不細工は聞き捨てならないけれど子犬のワルツだなんて、珍しいわね隼人!早く弾いてちょうだい!」











先ほどの不機嫌はどこへやら。
憎まれ口を叩きながらも杏凛は瞳をキラキラと輝かせて隼人のピアノを待った。
そんな杏凛の姿を見て、隼人は安心する。
ああ、やっぱり自分のよく知るおてんば姫だと。


少しの静寂、そして奏でられる美しい旋律。
そのメロディに合わせて、部屋の中でひらひらと踊るのは杏凛。











ふたりだけの時間。













story 2~退屈から逃げ出して~





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