story 4~お嬢様の命令~







「はーーーーあぁ、退屈だわ。」












そう、盛大なため息とともに吐き出した言葉に、高級そうなドレスに身を包んだ貴婦人が顔をひきつらせる。










「…アンリさん、今なんと?」
「退屈だ、と言ったのよ。」










今日はフランス語の授業。
目の前の貴婦人はその先生である。
先生と呼ぶには、些か派手すぎる格好であるが、ホワイトボードには綺麗なフランス語が並んでいる。

貴婦人は指示棒を机に置いて、ゆっくりと杏凛を見た。











「まあ…、わたくしの授業のどこが退屈なのか、今後の参考のためにも教えていただけます?」
「まず生徒の学力を把握出来ていない時点で、あなた教師に向いていないのでは。それくらいのレベル、私もうとっくの昔に教わってますの。父から聞いておりませんでしたか?」











呆れたように鼻で貴婦人を笑う杏凛。
その態度に貴婦人は更に顔を歪ませる。











「アンリさん、貴女のフランス語が本当に完璧だと思いで?基礎もしっかり出来ていないのに、偉そうな…」
「あら、それを言うなら貴女もさっきから発音がなってないわ?基礎ができてないのはどちらかしら?」












ああ言えばこう言う、二人の視線の間に火花が散りそうな勢いで、お互い一歩も譲らない。
部屋の端で見ているモニカが、これまた呆れ顔でクスクスと笑った時だった。
貴婦人の顔はみるみるうちに真っ赤になり、耐えきれず机に置いていた指示棒を振り上げた。


…しかし、
















「まあ、アナタ。たかだか教師の分際でこの私に暴力を振るうおつもりなのね?」











杏凛の姿はそこにはなく、まるで風のように、ふわり、と貴婦人の背後にある机に降り立った。
その手には貴婦人が振りあげた指示棒が握られており、ピタリと首筋にあてがう。















「アナタ、マフィア相手に…、しかもこの私と喧嘩して、タダで済むとでも?」
「ひ…っ!!」









耳元で囁かれた言葉は幼くも恐ろしさを感じる声色で、ピリリと殺気を帯びていた。












「お父様が、貴女に何を、何処まで許可しているのかは知らないけれど…。覚えておきなさい?」












──私は、他人には容赦ないのよ?











そう、悪魔の様に囁いた瞬間。
指示棒が貴婦人の頬に赤い線を深々と引いた。













「キャアアアッッ!」
「良かったわね、これくらいですんで。本来ならもっと痛めつけてもよかったのよ?」










いたずらっ子のように笑うが、その目は笑っていなかった。
貴婦人を見下し、蔑む様な眼差しをたっぷりと浴びせる。
血がダラダラと流れる頬を抑えながら、ガタガタと震える姿に満足したのか、ゆっくりと背中を向けた時…。














「あ、アナタたちなんか、愛人との間に生まれた子供のくせに…っ!そっちこそ、殺されないだけマシだと思いなさいよ!旦那様の御慈悲のお陰で生き長らえてるだけの、死に損ないがっっ!!!!」
「…っ!!!!」













貴婦人が頬を抑え、ヒステリックに叫んだ時だった。


パンッ


モニカは瞬時に拳銃を取り出し、貴婦人の頭を撃ち抜いた。











「あら、モニカ。」
「…申し訳ございません、アンリ様。出過ぎた真似を…。」













モニカと呼ばれたメイドは、おずおずと杏凛に近づく。
杏凛は少し退屈そうに微笑みながらも、首をフルフルと横に振った。













「どうせモニカが殺らなかったら、私が殺っていたわ。でも、この人がなぜそんなことまで知っているのかしら…、隼人の耳に入っていなければいいけど。」












浴びた返り血をハンカチで拭い、杏凛は貴婦人だったものを足で蹴り転がした。
ヒステリックに叫んだままの顔で倒れている様は滑稽だ、杏凛はまた鼻で笑ってモニカに向き直した。










「モニカ、処理しなさい。そして、この女のことを出来るだけ調べて。」
「承知いたしました、アンリ様。」










モニカは手慣れた手つきで死体を袋に包み運んでいった。
その後も、そこで殺しがあったとは思えない程元の姿に戻っていく部屋。
有能なモニカ、杏凛が生まれた時から世話役として仕えている。
杏凛の身の回りの世話は勿論、ボディーガードも兼任するモニカは杏凛にとって大切な存在だ。












「完了いたしました、アンリ様。」
「ふふっ、イイコ、モニカ。」









5歳の少女に膝をつき、高揚した表情を浮かべるモニカ。
そんなモニカの頬を優しく撫で、額にキスを落とす杏凛。
モニカは、杏凛に仕えるのが幸せでたまらない。
モニカは、杏凛に命令されるのが幸せでたまらない。
この幼くも、強く、健気で、残酷なほど恐ろしい杏凛が好きで好きでたまらない。















「モニカ、貴女はアンリの命令だけを聞けばいいのよ。アンリ以外の命令は聞かないでね。」
「はい、アンリ様。」











ギュッとモニカを抱きしめる杏凛は、どこか不安げで今にも潰れてしまいそう。
そんな弱い部分を支えれるのは自分だけなのだと、そう思うとモニカの心は満たされてゆく。
今日も命令を忠実に守り、杏凛の後ろをついていく…。













story 4~お嬢様の命令~




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