序章〜愛の首輪〜
4page 神様はいつも意地悪だ
疲れた、とても疲れた。
授業が終わる度、山本くんは私の席へと訪れてはあれやこれやと話題を振ってくれた。
流石にガン無視するわけにもいかず、蝶原さんの方を向きながら小さく相槌を打つ程度に返事をして、廊下などに細かく気を配った。
外や廊下に風紀委員はいないか?
彼は来ていないか?
そればかりを気にして、僅かな休憩時間を過ごしたのだ。
とても、とても疲れた。
少しでも息をつけるのがこの昼休み。
何とか蝶原さんと山本くんから逃げ出して、辿りついたのは使われることのない別館の屋上。
私の、安らぎの時間。
休息の時間。
「…はあ、午後も平和に過ごせますように。」
そう願いながら、いただきますとお弁当に手を合わせる。
こんなにも疲れて、何が平和なのかと不満が頭を持ち上げるが、恭弥さんに見つかっていないのならまだマシ。
少しでも沢山、勉強したいから。
ギィ、
「あ、華鈴!」
「…え、」
山本くんが、現れた。
「一緒に飯くおうと思ったのに居なくなっちまうんだもんよー、探したぜ?」
「あ、う、」
どうしよう、まずい、やばい。
急に現れた山本くんに、飲み込もうとしたご飯がうまく喉を通らずに行き場をなくす。
ここは、滅多に人が訪れない穴場…、だからこそ、ここなら大丈夫とふんでいた。
「グッ、ごほっ、ゴホッ!」
「えっ!!大丈夫か、華鈴…、あれ?華鈴…、"メガネ外してんの?"」
行き場を失くしたご飯を追い出そうと気管がむせる。そんな私に駆け寄る山本くんは、やっぱり気づいてしまった。
私が、ルールを破っているところを
「(…昼休みは、休息の時間、だったのに。)」
指摘され慌ててメガネをかけ直す、こんな所を見られでもしたら大変だ。
この場から逃げようにも、開いてしまったお弁当を置き去りにできないし、何よりこんな近くにいる山本くんを振り払うだけの力は私にない。
思わず、眉間にシワがよる。
「な…、隣いいか?」
「…別に、」
そう短く返して、黙々とお弁当に手をつける。
味なんて分からなかった、ただ一秒でも早くこの場から逃げ出したかった。
でも…
「なぁ、華鈴…、お前何がそんなに怖いんだよ。」
「…!」
ドキリ、と胸がはねた。
山本くんの、いつもとは違う声色に、何かを見透かしたような瞳に、確信のあるその言葉に…。
思わず、手が震える。
「お前…さ、男が苦手とかじゃなくてさ、もっと別にあんだろ…?俺でよかったら、相談乗るし、その…」
「…大丈夫だから、ほっといて欲しいの。」
もう、これ以上のお弁当は喉を通りそうになかった。
私は手早くお弁当箱を片付け、その場を去ろうと立ち上がる。
きっと、もうあの人はどこかで見てる、気づいてる、それでも早く離れなければならない。
これ以上、山本くんの言葉を聞いてはいけないと、本能が叫ぶからだ。
「待てよ!華鈴、話せよ!お前何抱え込んでんだよ!?」
「…っ!やま、もとくんには、関係ないでしょう…!」
泣きそうな声を出してしまった。
優しい山本くんの気持ちをないがしろにしてしまったことに?
自分の不甲斐なさに?
わからない、でも、ほっておいてくれたら、それですべては丸く収まるのだ…、だから、ほっておいて欲しいのだ。
ーーでも本当は、辛いんだってことに、気づいてほしい私がいる…?
ふと過ぎる思考に、私は私を嘲笑う。
…気づいてもらったからって、どうなるんだと。
「…離して、」
「嫌だ、今を逃したらもう二度と話せない気がする…。」
「お願い…、お願いだから…」
「華鈴…、俺お前のこと!」
「やめて!!!!」
気づけば、叫んでいた。
それ以上、言わないで…。
もう、もう…、
「…私は、私は、嫌いよ、山本くんのこと!」
そう叫んで、思い切り手を振り払った。
そして、急いで屋上を出たのだった。
「っはは、情ねーの…」
山本くんがどんな顔をしていたのかも、知らずに。
ガチャンッ!
そのへんにあった空き教室に入り、思わずへたりこむ。
瞳には、涙が溢れた。
「…嫌いって、言っちゃった」
自嘲気味に笑って、膝を抱え込む。
そんな時だった、
「唯…、山本武とずいぶん楽しそうにしていたね…?恋愛ごっこかい…?」
ドクンッ
痛いくらい、心臓がはねた。
恐る恐る、前を見れば、不思議なバランスで肩に掛かる黒い学ラン。
ドクンッドクンッドクンッ
「…きょ、や、さん。」
「お仕置きが必要なようだね…、唯?」
その瞳は、狂気と、嫉妬と、憎しみと、深い深い悲しみに揺れていた。
4page 神様はいつも意地悪だ
(ただ、平和であればよかったのに)
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