暖かな春風が吹く中、長い黒髪を靡かせながら、少女は一人、桜を眺めていた。

真新しい制服に身を包み、片手には同じく真新しい鞄を持っていた。

そして、ハラリ、ハラリと散り行く桜を見つめては、哀しげに眉を寄せるのであった。



「唯ちゃーん!
 お待たせー!」

「千鶴ちゃあぁんっっ!」



家の中から出てきた一人の少女を見るなり、黒髪の少女 唯は、千鶴の元へと駆け寄った。



「ああん、千鶴うぅっっ!
 今日も一段と可愛いわあぁっっ!」

「そ、そうかなぁ?」

「そうそう!
 新しい制服に身を包み…、暖かな春の陽射しに照らされ…、そして、暖かな笑顔で私に微笑みかける千鶴は、世界で一番可愛いよ…。」



千鶴の腰を抱き、そっと空いている手を千鶴の頬へと滑らす唯。

千鶴を見つめる瞳には暖かな熱が籠っており、恋人に接するような口ぶりで唯はニッコリと笑う。

日常茶飯事になりつつあるこの行為だが、千鶴はどうも慣れないようだ。

頬に熱を集めて困ったように眉をハの字に曲げると、羞恥で少し潤んだ瞳で唯を見上げた。



「唯ちゃん、み、みんな見てるから…っっ」

「見せつけてやれば良いさ、離したくないんだ、千鶴…」



ドクンッ


切な気に揺れる唯の瞳を見て、千鶴の頭の中には昔の光景がフラッシュバックする。

あれはそう、"京の都"に居たときの話…

随分と、昔の話…。



『…僕が男だったなら、君を幸せにしてあげれるのに。』

『千鶴ちゃん!
 ほら、見てごらんよ!
 送り火がとても綺麗だ…!』

『…僕は、女なんだ。』




「…づる、千鶴ちゃん?」

「っえ!?」



ハッと、我に返る千鶴。

額には汗がジワリと浮かんでいて、目の前に居る唯がそっと拭った。



「…大丈夫?
 気分でも悪いかい?」

「う、ううん!
 …大丈夫だよ?」



そう言い、千鶴はギュッと唯に抱きついた。

唯は嬉しそうに笑うと、自分よりも背の小さい千鶴を、優しく抱き締めた。



「(…もう、戦わなくて良いんだ、唯ちゃんは、女の子として生きるんだ。)」



それは嬉しくもあり、凄く哀しい事だった。

何故なら彼女は…



「待たせたな!千鶴……、」

「あ、平助君っ!」



ポカンと口を開けて、平助と呼ばれた彼は立ち尽くした。

驚いたような、嬉しいような、そんな表情を入り混ぜて、平助は駆け寄った。



「…っ、唯!」



泣きそうになるのを堪えながら、彼は彼女の名を呼んだ。

嬉しそうな平助だが、千鶴は表情を曇らせていた。

そんなときに、彼女は…



「やあ、初めまして
 君が、千鶴の話してた藤堂平助君で良いのかな?」



ニッコリ


貼り付けたような笑みを浮かべ、唯は平助を見た。

どこか一線を引いたような口ぶりで、唯は平助に接したのだ。



「嘘だろ…?」

「…嘘じゃ、無いの。
 平助君、唯ちゃんは…」










――私たちを、覚えてない。









平助は呆然とその場に立ち尽くし、彼女を見つめた。






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