君をおいていこうと思う


 私が私服からセーラー服に服装を変え、教科書の詰まった重たい補助バッグを抱えるようになって二年が経過した頃、女子の間でとある恋愛物のドラマが流行っていた。
 当時人気だったアイドルと実力派の若手女優、主題歌も人気アイドルグループが担当していて、その曲はカラオケの定番になったりなんかして。私たちと同世代の男女の演技をする二人がすれ違ったり、愛し合ったり、ドラマでお約束のシーンがある度私は友人達と胸をときめかせ黄色い悲鳴を上げたものだ。所謂お年頃というものだったので、ドラマの中の恋愛にどうしようもなく憧れた。街路樹の並ぶ道で腕を組み歩く二人は、画面越しに見てもキラキラと輝いていた。

 蘭くんと竜胆が少年院から出て来たのは、そんな春先だった。少年院にいる間に声変わりを済ませ、あれほど長くて綺麗だった金髪は見る影もなく、坊主頭となった二人を見た時、私はあまりの変化にボロボロと涙を流したという。何故他人事のようなのかと言えば、記憶がないからだ。ただでさえ細かった二人の更に細くなった身体にしがみつき散々泣いた後、三日三晩寝込んだらしい。両親は呆れて、体調が戻った後ベランダ伝いに部屋へ遊びに来た蘭くん達からは散々からかわれた。

 二人が出所して一ヶ月程が過ぎようとした日、蘭くん達はまた突然私の前から姿を消した。

「おー、名前。迎えに来てやったぞー」

 この広い東京でたった二人の少年を探し出すなんて、我ながら随分と執念深いと思う。それでも毎日親の目を盗んで学校をサボり、不良たちが集まりそうな場所を彷徨い歩き、毎日枕を涙で濡らして、それでも諦め切れず季節は夏を迎えた。
 肌を焦がすような太陽で照らされた黒髪は少し伸びていた。サボっている事がバレ、強制的に押し込まれた中学校の正門に凭れ掛かる蘭くんは、片手をポケットへ入れたままゆるりと片手を振った。まるで昨日別れたばかりのような言い方と仕草が私の涙腺を刺激する。
 下校する生徒たちが私服姿の蘭くんを遠巻きに眺め、あれが噂の……とこそこそ話をして周囲の生徒らと肩を寄せ合った。灰谷兄弟と言えば不良として有名で、同じ小学校から上がった生徒も多いこの中学校において、二年前に起きた衝撃的な事件を忘れた者はいなかった。
 共に下校しようとしていた友人が一歩後退る。同時に蘭くんがこちらへ向けて距離を詰めた。蘭くんが一歩近づけば、周囲の生徒が一歩下がる。なるほど、これが所謂モーゼの海割り、なんて違うか。ボンヤリと思考すら働かない私の前に立った蘭くんは長身を折り曲げるように顔を覗き込んだ。そして私の目尻に溜まった涙を見て「あは、泣き虫」と唇を緩める。

「迎えなんて来てくれないと思ってた」
「バーカ。勝手に人を薄情者扱いしてンなよ」

 そう言って蘭くんは、緩く腕を広げてみせた。いつでも飛び込んで来いと言うかのように。もう友人達の目なんて気にならなかった。私の足は地面を蹴って、目前の長身へ力一杯しがみついた。

 蘭くん達といるから今日は帰りが遅くなる。蘭くんに腕を引かれながら片手で母へメールを打った。きっと母は、そして父も嫌な顔をするだろう。元々、彼ら兄弟が成長するに連れ私との関わりを嫌がるようになった両親は、二人が少年院へ入ると同時に話題にもしなくなった。彼らが出所した時も青い顔をしてコソコソ話し合っていたから、灰谷さん家から二人の姿が消えた時は内心安心していたに違いない。
 いまだ、ぐすぐすと鼻を鳴らす私の手を引いた蘭くんは、六本木の中心部から然程遠くないマンションへと入った。そう新しくはないけれど設備は整っているし、二人暮らしには広すぎるくらいのマンションの一室で私を出迎えたのは竜胆だ。彼は、棒アイスを口に加えて、驚いたように目を丸くした。その様子がおかしくて同時にひどく恋しくて、昂る感情を乗せるように勢いよくタックルを決めれば、棒アイスは竜胆の手から離れ、放物線を描き白い壁紙に一筋の線を描いた後フローリングへ転がった。

 まるでドラマのような出来事。世間体を気にする冷酷な両親によって引き剥がされた幼馴染は、執念の捜索の末、見事再会を果たしたのだ。
 それ以来、私は学校帰りや週末になると必ず二人のマンションで過ごすようになった。二人が喧嘩に行くならついて行ったし、流行りのドラマにも付き合ってもらった。なにかと大人びた二人にはドラマの恋愛劇は不評だったけれど、それでも全てかけがえのない最高の思い出だ。



 時刻は朝の九時。珍しく蘭くんは、自力で寝室から起きて来た。退院して初の事に驚く私を最悪の目つきで黙らせて一人洗面所にこもった彼は、スーツ姿の時よりも少し柔らかくセットした前髪を片手で撫でつけながらダイニングの椅子を指差した。

「前から思ってたんだけどさぁ」
「うん?」
「オマエ、眉描くの下手すぎ」

 大きめの鏡にスキンケア用品、有名ブランドの下地にファンデーション、チーク、アイシャドウ、マスカラ、リップ等々のメイク道具。全ての道具を揃え、私の前髪を手際よくバレッタで留めた蘭くんは、まだ何も施していない私の眉を指先で撫でつけながらそう呟いた。対して私の頬は大きく引き攣る。自分ではネットで調べて上手く描いたつもりでいたのに、そんなに変だっただろうか。
 あまりの指摘にショックを受ける私を放置して、雑な手つきでスキンケアを終えた蘭くんは慣れた様子で下地を伸ばしファンデーションで肌の粗を隠す。どうやら今日は私自身にメイクさせるつもりは一切ないらしい。退院した翌日以来だなあ、と完成した自分の顔面を見て思う。同時に蘭くんの指摘は尤もだとも。確かに人の顔って眉の形で大きく変わる。

「蘭くん、スタイリストとか似合いそうだよね」
「やだよ。知らねぇ女の顔や服なんて興味ねぇもん」

 じゃあ、私なら興味あるんだ。口には出さずに噛み締める。オイルを塗って艶々と輝く毛先を見つめ、淡く色づいた唇を不自然に緩めたら「あほ面」と額を弾かれた。

 さて、この晴れた春真っ盛り、どこへ行くかであるが結局私は決めきれずにいた。蘭くんに選んでもらった服を着て、綺麗で格好良く決めた蘭くんと二人どこへ行くかなんてそう簡単に決められなかったのだ。
 十八歳当時はなかった首の特徴的なタトゥーを隠すように黒のハイネックを着て、上から緩やかなラインのシャツを纏った蘭くんは、細身のパンツに覆われた足を優雅に組んでスマートフォンに視線を落としている。それを横から覗き込む私は、高速で視界から離れていくオシャレなカフェや雑貨店にここがいいかも、あ、でも蘭くんは嫌なのね、なんて表情をコロコロと変えて首を捻る。蘭くんは慣れているのかもしれないけど、私は段々目が疲れて来た。彼の肩に頭を寄せて唸り声を上げる。

「こらー寝るなよ。オマエが決めてねぇから必死こいて行く場所決めてンだろうが」
「ごめんって。んんー、そうだなテーマパークは今からじゃ昼になるし、んー」
「どうせ何処行くにしても今からじゃ昼だろ。早く決めろー?」
「んんー、うんー、あ、横浜は?」

 ピタリ、蘭くんの指が止まった。横浜なら東京の隣で、電車一本で行けるし、少し遅めの昼を食べて港周辺を散歩して帰るだけでもちょっとした遠出気分を味わえる。そう思って提案したのに蘭くんの横顔は強張り、やがてスマートフォンの画面は黒に染まった。

「蘭くん、大丈夫?」
「オマエが横浜の名前出すの久しぶりだから驚いたんだよ」
「なんで? 私、前から横浜遊び行ってたよね」
「あー、確かに名前が十六の頃はまあ」

 珍しく歯切れの悪い蘭くんは、スマートフォンをポケットへ仕舞い込むと何か遠くのものを見るように視線を前へ向けた。垂れた髪の束が紫色の瞳を隠すようで、思わず指が伸びる。蘭くんは、その指先を捕える事はしなかった。黙ってされるがままに前髪を耳にかけて、視線だけをこちらへ向ける。そして小さく微笑んでみせた。

「横浜はな、オマエが十七になる年、オレともう一回お別れした場所なんだよ」

 言葉をなくすとは、まさにこの事だろう。指先を浮かべたまま息を呑んだ。蘭くんともう一度お別れをした――その意味くらい私にも分かる。

「だから大人のオマエは横浜を嫌がってた。嫌な記憶が多いってな。それだけ。良かったな、オマエが知りたがってた記憶一つ取り戻せたじゃん」
「取り戻せてないし、嬉しくもない……」
「ふは、なにショック受けた顔してんだよ。せっかく綺麗にしてやったのにさっそく崩すなよなぁ」

 蘭くん、また捕まってたんだ。多分、竜胆も一緒に。私、また一人になってたんだ。
 セットした髪を崩す事も、メイクした顔に触る事もせず、蘭くんは私の手を何度も握り締めた。これじゃあ保護者と一緒だ。私を不良娘と呼んだように、この懐かしむような目にも納得がいく。

「行くか。時間勿体ないだろ」

 蘭くんは大人になった。子供の私だけが唯一異質で、それなのに彼は私にキスをする。それを変だと思いながら嬉しいとも感じる私は、ただ大人に憧れる子供でしかなかった。

 マンションの地下駐車場へ入るのは今日が初めてだった。私でも見た事のある海外ブランドのエンブレムが輝く高級車を前に、キョロキョロと周囲を見渡す。

「運転手は?」
「オレ」
「……冗談だよね」
「あ? 殴るぞ」

 器用にも額に青筋を立てた蘭くんから急ぎ視線を逸らし、服に合わせて選んだクラッチバッグの中からスマートフォンを取り出す。探す名前は竜胆で、電話をかけるより先に細長い指が電源ボタンを押し込んだ。

「竜胆は、オレの代わりにお仕事なの。邪魔すんなよ」
「サラッと弟に仕事押し付けた事白状したね……ええ、蘭くんの運転かぁ」
「言いたい事があるならはっきり言え」
「怖い」
「殴る」

 だって横浜に行くのなら電車を利用すると思っていたのだ。もし車を使うにしても、いつもの運転手が来るものだとばかり思っていた。それがまさか蘭くん本人の運転だなんて思わないじゃないか。
 とてもまともに運転出来るとは思えない、否そもそも免許を持っているのかすら分からない幼馴染の車に乗るのはハッキリ言って恐ろしい。今日が本当に私の命日になるのではないかと、血の気の引いた頭を何度も横に振る。蘭くんは米神をひくつかせながら、先程は触れなかった私の頬を鷲掴みにした。唇を尖らせるいつもの変顔を披露する事となった私の目前に瞳孔の開いた瞳が近づく。

「オマエの不安ってやつを一つ一つ潰してやっからありがたく思え。まず、オレは免許持ってるし、今んとこわざと以外では事故を起こした事もねぇ。休みの日は、オマエ連れてドライブに行った事もあるし、オマエは人に運転させといて助手席でぐぅぐぅイビキかいてたの。どうだ、安心しただろ。な?」
「ふぁい」
「よーし。分かったなら早く助手席乗れ」

 私の頬を鷲掴みにしていない、もう片方の手で助手席を指差した蘭くんに従い、急ぎシートベルトを締めた。無言のまま運転席に乗り込んだ蘭くんは、慣れた手つきでハンドルを操作し、地下駐車場を出る。

「い、生きてるぅ」

 高速に乗って約一時間。無事、横浜へと辿り着いた私は、もう一度、己の足で地面を踏めた事に感謝していた。生命の危機を感じ、寿命は縮んだ思いだが、よくよく考えれば、道中の運転に危なっかしい場面はなく、出発前、蘭くんが言っていた言葉は真実だったのだろうと考える。

「さっさと飯食おうぜ。腹減った」

 対して、蘭くんはそんな私へ怒るのにはもう飽きたらしい。一人、さっさと駐車場を出て行く背中を必死になって追いかけた。

「……」

 街に出て思う。蘭くんは、とても目立つ。私の記憶している十代の蘭くんもそうだったけれど、大人になった蘭くんには何時だって視線が付きまとう。それは、女性からの憧れだけではない。同性、異性を含む畏怖の視線。一般社会で生きる男女の関わるまいとする緊張感。まるで針に刺されているかのような感覚だ。
 けれど、蘭くんは、そんなもの気にも留めず悠々と街を歩く。人混みを縫う必要なんてない。人が道を作っている。その後ろを小走りで追いかける私の背にも、同じような視線が突き刺さった。

 昼食は、横浜らしく中華街で取ることにした。小食かつ気分屋を発揮した蘭くんは、一度取り分けた小皿の中身を平らげると「もういらない」とサービスで提供されたジャスミンティーを傾けた。さて、では残りはどうなるか。その答えは明白で、私が一人で胃袋に詰め込むしかない。中華の濃い味付けの料理を休まず口に詰め込む私に、蘭くんはにこにこと微笑みを絶やす事はなかった。

「もうお腹いっぱい……夜ご飯いらない……」
「えー、帰りに竜胆への土産がてら中華まんでも買って行こうと思ってたのに」
「蘭くんだけ食べなよ……」
「ま、そこら辺でも歩いてりゃ、また腹も減るだろ」
「話、聞いてくれないぃ」

 中華街から移動して海岸沿いの道を歩く。お腹いっぱいで今にも破裂しそうな思いをしていたが、冷たい海風が少し気分を楽にしてくれた。
 この一帯は、観光スポットなだけあって平日でも人通りが多い。十代の私も、定期的に横浜へ出入りする蘭くんや竜胆について行っては、この辺りをよく散歩した。
 蘭くんは、少しぼんやりした顔をして、ゆっくりと歩いている。私が横にいる事も、よく分かっていないような、そんな表情だ。なんとなく話しかけるのも憚られて、手持無沙汰にバッグを揺らしながら海を眺める。蘭くん達が出入りしていた第七埠頭は、どこだったか。当時、共に行動していた同年代の彼らは、今どうしているのだろうか。
 春先にはまだ少し早いかな、と不安になったサンダルのヒールを鳴らして海岸へと近づいた。柵に手をかけて向こう側、遠くを覗き込む。第七埠頭は、全然見えない。

「名前、戻ってこい」
「んー、もうちょっと」
「いいから」

 背後から蘭くんの声がする。私の存在なんて気が付いていないように思えたけれど、実際はちゃんと見ていてくれた事実にほんの少しだけ嬉しさを感じた。

「第七埠頭、だったよね? 見えないかなーって」

 身体は二十代後半でも精神的には十六のつもりの私は、諦めの悪い性格をしていた。柵からもう少し飛び出したら、影くらいなら見えるんじゃないか――なんて、淡い希望を抱いて、
つい先日の事をすっかり忘れてしまっていた。

「いい加減にしろよ」

 小さく舌打ち。そして怒った声。腕を引かれて足下がふらつく。そこで私は、先日のビルでの出来事を思い出した。あ、また私は蘭くんを怒らせてしまったらしい。
 そう思い至った時、私の身体は蘭くんの腕に支えられていた。背後からすっぽりと覆い隠すように私の腹部に腕を回した蘭くんの顔は見えない。見上げる勇気もなくて、肩を縮こませていると、頭上で深い溜息が聞こえた。

「海に落ちても助けてやらねェからな」
「お、落ちないよ!」
「どーだか」

 鼓膜を揺らす軽口に、横浜へ着いた時のような安堵を覚えた。
 蘭くんの腕は、私の腹部に回ったまま離れる気配はない。周りにカップルは数組いるけれど、こんな風に密着しているのは私たちだけだから変に目立っている気がした。
 落ち着かず、とりあえず解放してほしいと組まれた腕を叩く。しかし、蘭くんは鼻歌を歌い出す始末で、そのまま左右に私の身体を揺らし始めた。スカートがヒラヒラと視界の端でたなびく。これでは、とんだバカップルだ。

「ら、蘭くん、恥ずかしいんですけど」
「なんで?」
「人目、視線が突き刺さる」
「いいじゃん。見させておけば」

 幼少期より目立つ事に慣れている蘭くんに、私の必死の訴えは通用しない。どうしたものか、と悩む私の後頭部には蘭くんの胸があたり、確かに脈打つ心臓の音を教えてくれる。生きてるんだなぁ、私も、蘭くんも。そんな当たり前の言葉が口をついて出た。

「……蘭くん?」

 驚いた事に、蘭くんはピタリと動きを止めた。鼻歌も止んで、腹部に回された腕が、意味深にそっと、そこを撫でた。

「名前、オレが死んだ時はオマエも死ねよ」

 驚くのは、私の方だった。あまりに予想だにしない言葉に、思わず顔を上げ、蘭くんの顔を見上げた。蘭くんは、じっと底の知れない瞳で私を見下ろしている。真意が読み取れない。けれど、それはいつもと変わらない。私は、いつだって彼の真意を正確に読み取れた事はない。“あの日”だってそうだった。

「じゃあ、」

 何かを思い出そうとしている。そんな予感がした。だから、衝動に身を任せようと決めた。

「私が死んだら、蘭くんはどうするの?」

 この問い掛けに、なにか深い意味はあるのだろうか。今の私には、分からない。でも、蘭くんにはきっと深い、深い、意味があったに違いない。
 蘭くんのこんな顔は初めて見た。彼は、答えを口にしなかった。その代わり、私の身体の向きを変え、そっと唇を塞いだ。だから、少しだけ分かってしまった。

 灰谷蘭は、掴みどころのない人だった。十六年間、それから更に十二年間。ずっと一緒にいても、まだ彼の事を理解出来ていない。
 ただ、強い憧れだけで私はこの人にしがみ付いて来た。蘭くんは、そんな私に歩調を合わせてくれるわけではない。それでも、置いていきはしないように、少し離れた位置で待っていてくれて腕を差し伸べてくれる。

「ん」
「腕、組んでいいの?」
「十六って言うと、あのドラマ好きだった頃だろ」

 こんな風に、蘭くんはずっと私を見てくれていた。手を繋ぐのではない。腕を組んで歩きたい。あのドラマのように好きな人と街を歩いてみたい。私の我儘を嫌な顔をしながら、聞いてくれた。
 髪が短くなって三十歳になった彼が、私の好きな三つ編み姿の蘭くんと重なった。嬉しくて、少し悲しくて。差し出された腕に自身の腕を絡めてから、私はそっと蘭くんの腕に顔を埋めた。

 十二年間の記憶は、まだ思い出せていない。けれど今日、一つだけ確かな事が分かった。
 二十八歳の私は、きっとあの日、死のうとしていたのだ。

20220526