小噺詰め合わせ



「ねえ、実はとても善い物を見つけたのですが購入するなら貴女に合うか試してからの方が佳いかと思いまして。とりあえずこの中に横になって頂けますか?」

 やけに楽しそうな声だと思った。表情は、綿密に練った計画の末手に入れた盗品を前にした時と似ている。青白すぎる顔にほんのりとした紅をさして、彼は真横の大きな箱を指差していた。
 箱は大きく、私が横になっても余裕があるサイズだ。彼の意図が掴めず首を傾げて何故か、と問い掛ける。抑々、この箱は一体何なのか。

「棺桶です。貴女とぼくの」

 云われた内容は衝撃的なものだったのに、彼が云うと何も可笑しくないように感じるのだから不思議だ。其れでも多少は面喰らい乍ら彼の言葉に耳を傾け続ける。
 彼は、其の場にしゃがみ込み棺桶だと云う箱の側面を愛おしそうに撫でた。

「二人で入れる大きさの物をずっと探していました。これは同じ大きさの唯の箱ですが、実物はシャロンの花を模した装飾のあしらわれた一級品です。貴女も屹度気に入ります」

 では、私達は同じ時に死ぬのか、と。

「いいえ。貴女が先に神の元へ旅立った際は、貴女の分までぼくは生き続けます。そして天命を全うした後、同じ棺桶に入りましょう」

 では、貴方が先に死んだ場合は、と問い掛ける。恐怖からか少し声が裏返ってしまった。

「其の時は貴女も共に棺桶に入って貰います。貴女、ぼくなしじゃまともに思考も出来ないのですから。当たり前でしょう?」

 あまりにも非道く、私に判断等させない強制的な物云いである。最早何も云えなくなった私を置いて、彼は理由をつけて部屋を出て行った。
 目の前には、二人がギュッと詰まる予定の箱の模造品がある。入る勇気はなくて、手持ち無沙汰に先程迄読んでいた本を開くが頭に内容は入って来なかった。
 成程、慥かに云う通りだ。如何やら思考迄、彼に占拠されているらしい。諦めにも似た気持ちで、爪先を伸ばし箱の側面を小突いた。私に出来るのは、どうかあの人が長生きしてくれますように、と願う事だけのようだ。



 バチンと云う音と共に左耳に鋭い痛みが走る。

「いっっっっ」
「おお。こんな簡易的な物でもちゃんと穴が開くのですね。流石は日本製。感動しました」
「いやいやいや。なに嘘っぽい感動語ってるんですか。と云うか自然な動きで右耳にセットしないで下さい」
「片耳だけでは不格好でしょう? ぼくに任せなさい。痛みは一瞬です」
「いやいやいやいや。抑々、何でドストエフスキーさんが私のピアスホール開けてるんですか。私、頼んだ覚え無いのですけど」
「何を仰います。昨晩ピアスホールを開けたいけれど自分で開ける勇気がないと嘆いていたのは御自分でしょうに。そんな可哀想な貴女の為に、こうしてぼくが時間を割いて差し上げているのではないですか」
「いやいやいやいやいや。頼んでない。ドストエフスキーさんに頼んだ覚えはない」
「はいはい。ごちゃごちゃ云わずさっさと右耳も開けてしまいましょう。大丈夫、大丈夫。痛くありませんよ」
「いや、そう云って先刻も痛かったし何なら態とでしょ……いっっっっっー!?」

 見事右耳にも綺麗に穴が開いた。痛みに蹲り、最早恨み言すら漏らさぬ私を至極愉しそうに見下ろす魔人ドストエフスキー。
 与えられたファーストピアスは、アメジストのあしらわれたお高そうな品物だった。左右対称に開けられた二つの穴で光り輝く其れを見る度、私は今でもあのバチンと云う音を空耳する。

「然し、あの音と感触は癖になりそうです。どうですか? どうせですしもう一つ開けてみません?」

 急いでピアッサーを処分した。