「君も一人なの?」
かけられた声に私は振り向き、まじまじとその声の主を見つめた。年は十五、六。顔は整っているけど何日も風呂に入っていないのか黒く薄汚れている。身なりもお世辞には綺麗とは言い難い。
人の言葉を持たない私は彼が探している人物ではないと分かると、すぐにそっぽを向いて歩き出す。すると彼は何を思ったか私の後を付いて来た。
彼は一人、喋り続ける。
「僕も一人なんだ。一週間前から、ずっと。朝目が覚めたらお母さんとお父さんとお姉ちゃんがいなかったんだ」
彼の言葉を聞きながら、そういえば私のご主人様も珍しく朝からいなかったな、と思う。いつもは私の餌を用意してから仕事に行くのに。
「こんなこと初めてでびっくりしたけど、早めにみんな出掛けたのかなって思ってたんだ。朝ご飯が用意されてなかったから自分で冷蔵庫の中身使って料理して食べた。それから30分後くらいに友達が来て一緒に学校に行く予定だから急いで支度した。……でも時間になっても友達は来なかったんだ…」
歩みを止めない私の後を彼はただひたすら付いて来る。彼の喋りは止まらない。
「不思議に思った僕はその友達の家に行ったんだ。でも何回呼び鈴を押しても誰も出なかった。そこで僕は学校に行くことにしたんだ。誰かはいるだろうって思ってね。でも……」
その続きは彼が言わなくても分かった。
要するにこの町から人という人がみんないなくなってしまったのだろう。彼だけを残して。
彼はそれきり何も言わなくなった。ただただ私の後を付いて行く。
そうしてどれくらいの時が経ったのだろうか。
真南にあったはずの太陽はいつの間にか西に傾いていた。
彼はまだ私の後を付いてきていた。
そろそろ人が通れない路地へ行こうか、と考え始めた時、
「君も誰かを探しているの?」
ようやくかけられた声に私の足は止まった。もう一度最初のように後ろを向き彼の顔をまじまじと見つめる。
やはり薄汚れている彼の顔は安心したような困ったような変な表情を浮かべている。
「僕も探してるんだ。お父さんにお母さんにお姉ちゃん。朝一緒に行くはずだった友達のことも。……みんなどこ行っちゃったのかな…」
喋り出したと思ったらまたそれきり何も言わなくなった彼に背を向け、私は再び歩き出す。狭い路地に入ろうなどという考えは綺麗に私の中から抜け落ちていた。
そうして彼も再び私の後をひたすら付いて来る。
私は人の言葉を持たぬただの飼い猫だし、彼も何も言わなかったけれど。
おそらく私たちは心のどこかで探している人にはもう会えないと分かっているのかもしれなかった。
それでもまた会えると祈りながら暮れかかっている町の中を私と彼はどこまでも歩いて行くんだろう。
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死者に祈りを
120630