さん
「‥いや、僕はよく知らないから。」
ようやく聞こえてきたのは、え?と聞き返したくなる台詞だった。
「どうなんだ?ミノリ」
ギィ、と椅子の背を鳴らしながらもたれたフランは、質問をそのままミノリへと渡した。
「ん?元気だぜ。8年経ったって相変わらず。つうか月一でデータ送ってるだろ?」
「今の質問は直に過ごしている者が答えを返すべきだ。僕は‥マサル以外は彼から送られるデータ上でしか、どうしているのか知りえないからね」
「それってどういうことだよ!?」
マサルが悲鳴のように問うと。
じわりと、不穏な空気が流れ始めた。
その中、応える為にミノリが口を開く。
「まず、デジモン関連で行方不明になった人達を、全員無事に帰還させる事に成功した。」
彼の長い人差し指が天を指す。
「次に、それに伴いデジタルゲートの完全閉鎖を決行した。」
天を指す数が二本になった。
「最後、ゲートの管理を完璧にする事で再び開けるようになったが、許可が必須となった。」
最終的に三本になった指はOK?の言葉と共に沈んでいった。
「今のような生活は出来ないって事だ。二つの世界は繋がっているけどそれぞれ別々に生きてる。本来の姿に戻っただけ」
「で‥もっ、」
そんな‥一緒じゃないなんて。
誰かの呟きですっかり静まり返ったルームには、再び動き出したフランのプログラムを打つ音だけが支配していた。
ふう、とミノリが肩を狭めながらヤレヤレといった風にかぶりをふる。
「困るぜ、隊長やクダモンまで〜。DATS設立の意味と、本来の目的を果たしたんだから当然だろ?」
然も有りなんと語るミノリにどうしようもない怒りが湧いてきた。正しいが角立つ言い方と慇懃無礼な様がそうさせるのか。
「でも、一度結んだ絆は堅くて。オレはそのままサヨナラなんて出来なかったし、したくなかったんだよな。」
「‥‥‥‥ま、さか、君は‥」
トーマが、歪んだ表情でミノリとマサルの顔を順番に見る。
「そ、恐らくご名答だぜ。オレだけゲート封鎖の時に一緒にデジタルワールドへ行ったんだよ」
「「「「「ちょ‥えぇえええっ??!!」」」」」
「さすがマサル‥いつも何かやらかすわね。」
ヨシノが「光景が手に取るようにわかるわ」と脱力していると、本人だけは納得しておらず未だ怒りを孕んだままだった。
「納得いかねえ、確かに向こうに飛び出すかもしれねえが‥母さんやチカをほっといて行くなんてオレはしねえ!」
右手で握りしめたのは父から譲り受けたペンダントタグ。そもそも強さを求めるキッカケは彼女たちを守りたいから。<漢>として背く行動を自分が選んだなんて信じたくなかった。
「誰がんな事すっか。もう一回言うぞ?行方不明者は、全員、無事に、帰還した。だからオレは未知の世界に飛び込みたくなった。」
「‥‥‥じゃあ‥父さんは、生きて‥」
「そう信じていたから、聞かなかったんじゃないのか?オレに。父さんの事を。」
「るせ‥回りくどい言い方してんじゃね、」
涙は必死に堪えた。でも、声は震えた。まだだ。<オレたち>にはこれからだから。
「いいな‥マサルだけ、アグモンやみんなと一緒。」
イクトは拗ねた口ぶりでファルコモンに寄り添う。だって自分たちはサヨナラしなくちゃならないからだ。
「しかしな、イクト。マサルは僕たちと別れて行ったんだ。アグモンたちとは一緒だが、ゲートの開閉は不定期。数日から数年とデジタルワールドに滞在している。その間、家族とは当然会えない。今回だって半年ぶりに帰ってきたんだ」
助け舟を出したのはフランだった。相変わらず手は動いたままだが。
「結局は、どちらかと別れなければならない。対象が、僕らか、デジモンたちか。それだけ。」
しん‥、と水を打ったかのように静かになりカタカタと規則正しい無機質な音が、ただ響いていた。
「‥なるほど。しかし喜ばしいことだ。両方の世界に平和が来たのだ」
「ああ、その日まで改めて頼む。クダモン」
「フッ‥、こちらこそ。薩摩。」
大人な会話が聞こえてきて、その日まで共に歩み戦う決意をしたのを、口には出さなくとも一様に感じとっていた。
いつかの、決別の日まで。
「イクト、僕らはずっと一緒だった。だから別々に生きていく事になっても‥心はずっと一緒だよ」
「分かってる。オレたち友達!離れても、また会える。そうだよな、ミノリ?」
「ああ、その為に俺たちは頑張ってる」
その様子を見ながら寄り添ったヨシノの肩口にララモンは抱きついて言った。
「‥ヨシノ、わたしが居なくなってもキチンと掃除しなさいよ?」
「わ、分かってるわよ!」
「離れても、わたし絶対に言いに行くから‥<結婚おめでとう>って‥」
「ララモン‥っ」
「きゃあ、ヨシノ痛いってば〜。きつく抱きすぎよ」
「‥いいじゃない‥、」
「しょ〜がないわねぇ〜」
そんな彼女たちの友情を見つつ、こちらもため息をつきながら顔を見合わす。
「‥あーあ、やっぱり未来なんて知るもんじゃないわねぇ〜」
「絶対にぜーったいにヨシノよりいい男ゲットするわよっ!」
「頑張るわよっ、メグミっ!」
「もちろんよっ、ミキっ!」
ふと心配になったアグモンは彼に視線を向ける。本当に、自分たちを選んで後悔は無いのかと。
「‥アニキィ」
「何だよ、んな声出して」
「アニキはいいのかあ?サユリの卵焼き、食べれなくなるんだぞ‥」
「いーんだよ。デジモンと人間が仲良く暮らせる世界の橋渡し役になれんなら、漢冥利につきるってもんよ」
「さーすがアニキィ!オレも頑張るぜ〜」
アグモンは単純なヤツだと思いつつ、マサルの答えはガオモンにとっても嬉しい答えだった。しかし、マスターは違うかもしれない。だって二人は‥。
「‥‥マスターはよろしいのですか?」
「何がだい?」
「‥マサルと、その、離れ離れに‥」
「いいんだよ、ガオモン。僕にはやる事があるし、彼もやりたい事がある」
「‥はい、マスター」
お互いのパートナーと彼方の約束をした頃には、外は逢魔ヶ時を告げる朱が今日を焼き付くしていた。
闇が空を抱えた頃、ルームの人影は少なくなっていた。マサルとトーマ、ミノリとフラン。そしてパートナーのアグモンとガオモンだけが残っている。家にも連れて帰れないので泊まりがけで解析の続きに徹する事にしたのだ。あとの全員は帰宅。
さっきまでイクトらも居たのだがミノリにべた慣れしマサルも混ぜて遊んでいたらトーマとフランから黒いオーラが見えてきたので、渋るイクトをファルコモンが連れて無理矢理帰っていったのだった。
「‥マスター‥」
至極残念そうなガオモンの呟きをスルーした二人は黙々と作業を続ける。
「ア〜ニキィ〜‥お腹減ったよぉ〜」
「ああ、そーいやそろそろ夕飯の時間だな‥」
「そーだな。っし!何か作るか」
「えぇ?!オレ作れんの?」
「まあ‥それなりに、な。給仕室の冷蔵庫に材料とかあるかな‥確か焜炉あったよな。火が使えんなら大体のもんができっからな〜」
「オレ、卵焼きが食べたい〜」
「任せとけ。つっても母さんには到底及ばねーんだけどな」
「か〜っこいいーぜーミノリィ!」
「オレが格好良く見える‥」
ミノリが夕飯作りを宣言した時、フランの手が久しぶりに止まった。
「ミノリ、オムライスが食べたい」
「はあ〜?微妙に手間のかかんの選択すんな、面倒くせーよ。別ので‥」
「君の作ったオムライスが食べたい」
「‥‥しゃーねえな、トーマは?」
「え?えーっと‥その‥」
「あ、みんな一緒でいいか?どうせ作るならその方が助かる」
「じゃあ、それで‥お願いします」
「ミノリ、わたしも手伝います」
「さんきゅーガオモン。オレも手伝えよ?」
「わ、わーってるよ」
「卵焼きも忘れないでくれよ〜」
「じゃあ給仕室にいっから。トーマとフランはもうちょっと待ってな」
「ミノリ、出来れば紅茶も‥」
「それは自分でしろ。」
ピシャリと断られたフラン博士の背中からは哀愁が漂っていましたbyガオモン
「‥ミノリ、紅茶ならわたしが‥」
「フッ、いーよ。淹れてやるよ。紅茶の淹れ方は覚えたからな」
「‥なんか‥恥ずかしい‥」
「‥わたしもだ‥マサル‥」
「?」
ミノリの無自覚なノロケを聞かされ、ある意味お腹いっぱいになりつつ夕飯の準備を進めていった。
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「う〜ま〜い〜!オムライスうまいぜ〜!モグモグモグ‥」
「やっぱアグモンはよく食うなあー、卵焼きはどうだ?」
「まあまあだな」
「はっはっはっ、母さんに追いつくには難しいからなー」
「あー‥、美味い。」
「だろ?これからは料理も頑張れよオレ」
「む‥むぅ、」
「美味しい‥すごく、美味しいです」
「さんきゅ、トーマ」
「側で見ていましたがとても手際が良くて‥同じマサルとは思えませんでした」
「ガオモンまでなんだよさっきから!」
「‥ミノリ、お代わりはあるかい?」
「ん、ああ。あるけど‥って食うの早っ!もうねえし‥なんだよフラン、今日はいやにがっついて食うな」
「アグモンにみんな食べられてたまるか」
「いっぱい作ったってーの」
「‥なんか‥恥ずかしい‥」
「あ、トーマ、お前も‥?」
「二人共‥無自覚にノロケて‥」
「ん?どーした、マサル、トーマ‥ガオモンまで。箸止まってんぞ」
「「「‥はい‥」」」
食後に飲んだミノリが淹れた紅茶も‥凄く、美味しかったですbyガオモン
「はあ〜食った食った〜もー食えない〜」
「ははっ、しっかしホントにアグモンはよく食ったな。」
まったり談話をしながらアグモンを構っていたミノリが、不意に目を細めて皆を見遣る。
「‥しかし、こーしてみっと本当に変わってねえなあ‥、タイムカプセル開けた時ってこんな感じなんだろうか?懐かしくって、変わっていくけどあの時のままで‥」
「そうだね。いつまでも輝いていて永遠にあせない、過去という名のもう一人の君と、僕。」
そう言ってミノリはトーマを、フランはマサルを見つめて。愛おしそうに、慈しむ様に穏やかに笑った。
ポツン。と取り残されてしまったガオモンは、空気の変化にも気付かないアグモンの隣でどうしよう部屋を出たほうがいいのだろうか‥と、気恥ずかしさでいっぱいになっていた。
「そーだ、風呂入るよな。湯舟にためてくるわ。掃除手伝えアグモン」
ミノリがぱっと仄かに色付き始めた空気を消し、風呂掃除にルームを出ようとした。
「あのさ‥、シャワールームに湯舟なんてねえぜ?」
マサルがぽつりと言うと、
「あれ?知らねーの?女子エリアには湯舟あるんだぜ」
「えぇ?!マジかよ!」
「今日はそっちを借りる。行くぞアグモン」
「おぉーう!」
「僕はお手洗いに行ってくるよ」
ミノリとアグモン、フランが出ていくと先程の空気にドッと疲れた二人が思わずうなだれる。
「ぐわーっ!何だよあの空気っ!‥マジでフランに食われるかと思った‥」
「‥僕も‥甘ったるい空気に耐えるので精一杯だった‥」
「‥私も思考が動きませんでした‥」
今日一番の疲れを感じた三人は早くお風呂に入ってゆっくり休みたいと切実に思った。