いち
その日、轟音がDATS内に響き渡った。
場所はトーマが私的に借りている研究室からだ。もうもうと上がる煙に何事かと駆け付けたマサルとアグモン。中にはトーマとガオモンが居るはずだ。
「おおい、トーマ、ガオモンっ!」
「返事しろよお、ダーイジョーブかあ」
少し焦りと、相方からは間延びした声が煙を刺すがこらえはない。遅れてヨシノとララモンが飛び込んで来た。
「マサル!トーマは?」
「アグモン、ガオモンは見つかったの?」
「いや、まだ‥煙が酷くて、」
「アニキィ!あれ!」
うっすら薄くなった煙の壁の向こう側をアグモンが指す。人影が動いたのでマサルは慌てて呼びかけた。
「大丈夫かっ、トッ‥」
出かかった名前は思わず飲み込んでしまった。それは衝撃からか尻餅をついているトーマとガオモン以外にも人が居て、それが何だか良く見知った顔をしていたからだ。
「っ‥てぇ〜〜!」
「一体何なんだ‥」
トーマが造ったであろう大人が優に入れそうなデカイ機械はたしか時空移転装置とか聞いた気がする。その機械からは煙が出ていてさっきの轟音もコレが原因で間違いないようだ。機械は一見、エレベーターの箱の様な作りになっている。扉は開かれその中に人が居るのだ。
「何だよ、久々に帰ってきたらこれかよ」
「この後の華麗なる予定が台なしだ‥」
そう、とても見たことのある人たちが。
「あ?つうかここ‥」
「時空移転装置に巻き込まれたんだ、大体の予想はしていたが‥」
長くなった髪と、眼鏡をかけた容姿は‥
「うわっ、<オレ>が居るっ!」
「<ボク>も居るね」
少し大人になっていてもすぐ分かる。
時空移転装置、いわゆるタイムマシンから出て来たのは。
「大人の‥マサルと、トーマ‥」
ヨシノが呆けて言葉も出ない皆の代わりに、盛大なため息まじりで最悪なんですけど‥と呟いた。
******
「‥つまり、件の装置を改装していたら暴走を始めた‥そうだな?」
薩摩も特殊過ぎる事態に流石に困惑は隠しきれないようで、話を聞くため前に立たせているトーマとその後ろに見える未来から来た二人、交互に視線を向ける。
「はい、警告音が鳴る暇もなく先の爆音がしまして‥」
「気付いたら<オレら>がいたと、」
マサルも視線は二人から離れない。当人からするとまるで現実味がないからだ。今にも消えてしまいそうな気がする。
「そんな見んなよ、消えねえっつうの」
ふと気付きひらひらと手を振りながらマサルはマサルに笑いかける。本人同士、よく思考を分かっているようだ。
「少しズレがあるな。<こちら>からはあれから警告音がしたので様子を見に行ったのだが‥しかし<こちら>に原因があるとは思えない。今まで異常は無かったしな‥」
未来のトーマは眼鏡をかけているらしい。顎に手をかけブツブツとものを言う様は今と変わらないが、伸びた背に広くなった肩幅、たくましくもしなやかな身体のラインにやはり今と<違う>と認識させられる。
マサルも髪型は変わっていないものも、肩甲骨にまで届きそうな程伸ばしていた。線は細くともしっかり筋肉がついた体は服の上からでも分かり、拳ダコの出来た手や大人びて見える横顔はすっかり漢として成長している。
「しかしこんな事、昔にあったっけ?」
大人マサルが隣に投げかけるとうーんと唸った後、ずっと思考を巡らせていたのか大人トーマが辿り着いたらしい答えを語る。
「それは恐らく歴史修復作用だ。時空間に関わると記憶は消去される。‥ただ完全ではない。あの装置の稼動停止をしたのはその名残だろうが、壊さずに置いていたのは<この出来事>が僕らの歴史の一部として認可された証拠なのかもしれない」
「つまり貴方‥未来の僕は成って然るべき事態、と?」
「おそらくは」
トーマとトーマの間では納得出来たらしいが、置いてきぼりをくらっている周囲の為に大人マサルが口をひらく。
「あー、つまり忘れてるだけで実は前にも体験してんだな?つーことはだ、帰る方法も見つけてる訳だから‥」
「そう、だから焦らなくとも大丈夫だ。ただいつまでかかるかは分かり兼ねるがな」
「‥だ、そうです、薩摩課ちょ‥隊長」
「‥課長?」
薩摩の問いを皮切りに、ヨシノを始め女性陣が怪訝な顔を一変させて、目を輝かせながらマサルに食いついてきた。
「ちょ、何で課長なのよ?」
「ていうか今何才?何年先から来たワケ?」
「ねぇ、私達ってどーなってるの?」
黒崎と白川も興味津々にやや興奮状態で詰め寄る。
「にじゅ‥に、だから‥8年‥後‥」
未来への好奇心を隠しきれず輝く目をした三人に押され、マサルはトーマへ視線を向けた。援護しろ、あと何処まで喋っていいんだ?
視線のメッセージを受け取ったトーマはやんわりと紳士的笑みを浮かべなあなあと茶を濁しす。
「まあ皆さん、落ち着いて下さい。その前に呼び方を決めませんか?」
「呼びかたぁ?」
大人トーマの提案に首を傾げたのは今のマサルで。どういう事でしょう、ええっと‥マスター。とガオモンも成長した彼を見上げた。
「マサルと、トーマが二人です。せめて呼び方はかえないと。」
確かにいちいち未来の、など飾らないといけないのは面倒臭い。納得した皆が提案を出そうとした時に扉の開く音がした。
「お邪魔しますよ」
顔を向けると羽柴長官がSPを連れ、いつもの見下した調子で入って来るところだった。
「これは長官。どのようなご用件で?」
「用がなきゃ来てはならんのか?出来の悪い機関の管理は大変なんだよ、全く‥」
薩摩の質問が障ったのか皆がムッと顔をしかめたのにも気付かず彼は文句を垂れ続ける。
「ん‥?そこの二人は?見慣れないが‥困るよ薩摩くん。部外者を立ち入らせちゃあ。ただでさえ君たちは私に多大なる迷惑をかけていると言うのに、一体どれだけ注意すれば分かるのかね。私のように心の広い上司を持って幸せ者だと早く理解してほしいものだね。」
苛立ちに耐え兼ね、強く拳を握った今のマサルを制止したのは意外にも大人のマサルだった。
「部外者じゃないんですよ、羽柴長官」
大人のトーマがそう言うと、マサルも目で黙ってろと合図を送り未来から来た二人は長官に近付く。‥何だかすこぶる嫌なオーラをチラつかせているのは気のせいだろうか。
「初めてお目にかかります。私はそこに居りますトーマの兄でフランと申します。いつも弟がお世話になっております」
眼鏡の奥の瞳は笑っていないが柔和に微笑み腰を折り挨拶をする。
「俺は大門スグルの弟で実と言います。マサルの伯父です、いやー、甥が迷惑かけてるみたいですいませんねえ」
これまたニッコリと喋っているものの全く笑っていない目に長官も何か言いたそうだが言葉は口の中で留まっていた。
「挨拶に伺うのが仕事の都合上、遅くなりました。申し訳ありません。しかし長官殿。ここのパトロンは当家というのをお忘れなく。父には良い顔をされておられるみたいですが、息子にはこの扱い‥少々納得がいきませんね。」
「そっ‥それはだねえ‥」
「オレからもありますよ、ちょーかん。行方不明中の兄の件です。湯島所長や薩摩さんからはキチンと説明、謝罪と、今も義姉たちの事を気にかけて頂いてますが‥最高責任者の長官様からは、あれえ、何もないですね?」
「ば‥っ、何を‥全力で行方を探して‥」
「ああ、失礼しました。何も非難をしたいのではありません。つい口が過ぎました、その寛大な心でお許し下さい」
「それならオレもですね、ただ甥がお世話になってますからそれを言いたかっただけなんですよ?」
「実くん、羽柴長官は言わなくとも分かっておられますよ。」
「ですよねー、フラン博士」
怖い。
二人ともまるで至極楽しそうに語るのだが。褒めているようで莫迦にした内容云々よりかは、全体的に和やかな雰囲気を出しているクセに完全に笑ってない目がとにかく怖いのだ。
「わ、分かった!関係者なんだな、これからも平和の為に励んでくれ!」
有無を言わせない圧力に耐え切れなくなったのは珍しい労いの台詞でよく分かる。冷や汗をかきながら足早にルームを後に帰って行った。
「しかし彼は久々に会うと不快極まりない人物と再認識するね」
「トーマちょっと言い過ぎだぞ、それ」
「‥なんだか成長したな‥お前たち‥」
頼もしいというか不穏な空気を孕みつつ育った部下二人に一抹の不安は隠せない隊長は複雑な面持ちでいた。
「‥ところで‥何すか?フランと実って、」
自分なのに若干敬語になりつつあるマサルがさりげなく出て来た名前を聞く。
「ああ、子ど‥」
大人のトーマが何か言おうとした刹那。凄い勢いで大人マサルに掴まれ入り口近くの隅の方に連れていかれた。
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「子供の名前とかいってんじゃねぇよ!パロにパロを重ねんな、誰も知らねから!」
「いや、ちゃんと<子部屋>を見てくれているかも知れないよ」
「知らねえから!」
「僕らにそっくりなんですよ、皆さ‥」
「皆さんって言うな、画面の向こうに語りかけんなっ!」
「大丈夫、創作ならではのこういう演出は管理人は好きだから」
「管理人はな!管理人はだろ!自由すぎなんだよこのサイト!」
「それが売りと言っていたな」
「アホの自由はアウトだろ!」
↑この区間は読まなくていいです↑
「‥こど?」
「や、コードネームな。偽名!」
マサルのツッコミにうろたえるマサル。
トーマは見えない所で殴られたという。