冬
「お前この時期は天皇誕生日を祝う一択だろうが」
「いや普通にクリスマスでしょ」
買ってきたケーキのキャンドルを灯して部屋の明かりを落とす。灯に浮かぶ、目を細めて微笑むマサルに心は満ちていく。
『冬』
クリスマス一色だった町並みは一転、正月の装いに代わった。行事の多い年末は慌ただしい。気付けば年も明け今年はマサルと一緒に初詣に出かけた。
それから横浜の家に来ていた父やリリーナの元へ顔を出し、大学に残っていた教授への挨拶も済ます。
「おかえりトーマ。挨拶回り終わったのか?」
「ただいまマサル。ああ、これで後はゆっくりできるよ」
冷たい外気にさらされ、すっかりかじかんだ手をマサルがとった。
「うお、冷て!」
「痛いくらいだよ」
「ちょーっと早い時間だけどもう風呂入っちまえよ、湯ためてくるから。暖まった方がいいぜ?」
「じゃあ頼むよ。荷物置いて着替えてくるから」
「おう」
何気ない日常だけど些細な一つ一つが大切で、煌めいて、どれも代わりなどない僕の一部になっていく。
ずっと続けばいいと、ずっと続くと思っていた。
もうすぐ彼と出会った『春』がくる。
記念日、とまではいかいが、ケーキを買うくらいはいいかもしれない。料理はマサルの好きなものを作ろう。そうだ、アルコール。同い年なのだから早生まれでもその頃にはもう飲めるだろう。リクエストを聞いてもいいが、サプライズも捨てがたいな。
マサルとの予定を考えるだけで表情は破顔する。
相変わらず曇天が続き寒さは増すように荒れてばかりで滅入りそうだが、心は軽かった。
「じゃあ出てくる」
マサルはいつも、閃いたように唐突に出かける。
その日もいつもの調子で出ていった。
それは春の兆しがかすかに見れ始めた冬の終わり頃。
「ああ」
僕は横顔で挨拶を呟く。
すぐに帰ってくるものだと考えていた。
リビングの傍らにひっそりと置き去りにされた合鍵に気付いたのは、だいぶ後になってからだった。
日が落ちて、日が経った。
幾日も経過した。
知らせのない君を想った。
取って置きの場所で楽しくいるのだろうか。
鍵と共に置いていかれた僕は、僕の心は、空っぽだ。
明日は帰ってきてくれるだろうか。
明後日は?
1ヶ月後は?
半年後は?
一年後は?
だんだん君のいない意味に慣れていく。
空っぽになった冷蔵庫に、手帳も。
なのに僕の消えない刺青が君を叫ぶんだ。
噛んだ牙のような歯の痕が。
結局、
マサルが戻ることはなかった。