たとえば、ふとした時に重なる視線。
たとえば、さり気なく触れあう指先。
たとえば、苦痛にならない二人の間に落ちる沈黙の時間。

どんどん深くなる。
僕の傍にマサルが居て、マサルの隣には僕が居るのが当たり前になった。ずっと当たり前であって欲しい。もっと欲しい。どんどん欲しい。
深くなる。
マサルの全てが、僕は欲しい。




『秋』





「起きろよ、トーマ」

ぶにぃ、と頬をつつくのは止めて欲しいとあれほど頼んでいるのに。マサルが低血圧で朝に弱い僕を起こすとき、容赦なく無骨な指でつついてくる。
曰く、さわり心地が良いから。らしいがもう少し優しく出来ないのか。力強いので穴が空いてしまいそうだ。

「ん‥きる、から」
「今日は早めに大学行くんだろ?‥まあ最近、朝と夜は寒くなったからなぁ。俺は寝れるなら何時までも寝ときたいけど一応パッと起きれるし‥」
「・・・」
「‥すごい虚ろな目をしている‥ほら紅茶いれたぜ?」
「‥っあぃ、りょー‥うら‥」
「『ああ、了解だ』な。舌もまわってねーから」

コーヒー派のマサルは僕にもコーヒーを淹れていたけど、僕の好みを知ってからは紅茶を淹れてくれるようになった。
僕らはお互いの好きな味付けや嫌いな食材や好む調理が正反対といっても過言じゃないほどかけ離れている。最初は同じモノだったが、把握出来てきた最近はバラバラのメニューが多い。

帰宅してマサルが用意してくれたそんな今夜の食事はシチューだった。寒さを増した夜には嬉しくて笑みがこぼれる。
相手の事が分かる違った献立も良いが、カレーや鍋物や、一つの料理を囲むのも良い。

「この菓子トーマが好きなメーカーだよな。新作出てたから買ってきた!一緒に食おーぜ」
「マサル、見たがってた映画借りてきたけど、今夜さっそく鑑賞するかい?」

少しずつ近付く。
少しずつ、僕らは知っていく。

だから、ふと目線が交われば、僕は食器の後片付けなんてすっかり忘れて、しばらく見つめてしまって。
マサルに食後のコーヒーを手渡す時、重なる指先が熱くなる。心なしか彼の目元が赤らんだ気がした。
ソファに座り、借りてきた映画を見ていると、マサルは基本的にラグの上に座りソファにはもたれるようにして体を預けてしているのだが、頭を僕の膝頭に、すり寄る様に近付き、乗せた。

もう、映画の内容なんて入ってこない。
眼下に鮮やかに映えるマサルの髪に手を伸ばす。
思ったより手触りが良かった。
さらりと梳く。
激しさを増す動悸に周りの音がかき消され、マサルに触れている場所だけ熱がこもる。

ふいに頭をあげたマサルは視線を僕に絡ませた。
ソファに手を起き、マサルが体を浮かせて、反対に僕は身を屈める。
徐々に互いの顔が迫り、鼻先が触れ合うか否かの至近距離で止まる。

「‥雰囲気とかノリなら勘弁だぜ」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」

あ、意外とまつ毛が長いんだとか。
程よく日に焼けた肌の綺麗さとか。
想像より柔らかい唇の感触、とか。

夜長に初めて重ねたマサルの体温や、悪癖か噛まれた腕の傷痕。すぐ無くなってしまっても、ずっと記憶され、それはまるで、僕の消えない刺青となる。

じゃれて、寄り添って眠り、君が頬をつき起こしてくれる朝。
食の好みや生活習慣の一部を共有しただけで、僕はマサルの全てを知った気になっていた。
本当は何も知らないままなのに。

季節はもうじき、寒さの厳しい時期へ移ろうとしていた。
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