春-いち-



始まりはいつだっただろうか?
例えるなら「野良猫」の様な君は慣れた風に簡単に僕の懐へと入ってきた




『春』




寒さも和らいだ頃だ。
大学生として一人暮らしを始めた新居のマンションに戻る途中、いわゆる「ガラの悪い」連中に絡まれた。従来の、住宅街のそう広くない道に設置された自販機の前での出来事。

彼らがポイ捨てした空き缶を代わりに自販機側のゴミ箱へ捨ててやると、ため息まじりが癇に障ったのか当て付けかと難癖に近い喧嘩を売られた。
捨てろと言うと、それも怒るくせに。

相手は4、5人いたが、幼少からボクシングを嗜んでいる僕に恐れはない。リーダーらしき人物に胸ぐらを掴まれた時。

彼と出会った。

紅い髪を、肩甲骨まで伸ばした、男にしては長めの繊維を鮮やかに翻して彼は件の連中から僕を救ってくれた。
格闘よりかは喧嘩に慣れた動きで悠然と立ち振舞い、見事勝利した。

「しかし兄ちゃんも物好きだなー。あんなヤツらの喧嘩買うなんてさ、でもつまんなかったと思うぜ?数だけで全然手応えねーし。その拳見りゃ分かるよ、兄ちゃん、強いだろ?物足りなかったと思うぜ」

久々に喧嘩したくなってよー、悪いな兄ちゃんの相手盗っちまって!
と豪快に喧嘩好きを露呈した彼はどうやら僕を「同類」だと思ったみたいだが、そこはしっかり否定させてもらった。
お礼にと現場から程近い家に彼を招きお茶をすすめる。

彼はマサルといった。
同い年のようだが、学生ではないらしい。
らしい、というのは話をのらりくらりはぐらかされ明確な答えを掴めないからだ。

「じゃあマサルは今なにをしているんだい?」
「ん〜‥旅人かな?」

・・・旅人。

「バックパッカーとか?」
「旅行と一緒にすんな」
「‥とりあえず根なし草なワケだ」
「まあな」
「今日はこれからどうするの?もう日も暮れるけど」
「そうだな〜。ま、とにかく駅方面に行ってみるわ」
「あの、マサル」
「うん?なんだ」
「今日はウチに泊まりなよ。部屋はあるし」
「いやいや、そこまでしてもらう義理ねえし」
「僕が、君の今までの旅の話を聞きたいという理由でも?」
「そこまでトーマが言うなら‥なあ、お前周りから変わってる、って言われねえか?」
「失礼だな、君って奴は」
「わりぃわりぃ。じゃあ甘えよっかな」
「ああ、そうしたらいい」

何もかも正反対なマサルは不思議な魅力を持っていた。
父がオーストリアの貴族で、僕自身ひとつの不自由なく育ち、同年代の一人暮らしにしてはいやに立派なマンションに住み、もちろん費用は実家にもって貰っている。
だからといって風来人のマサルを、貧しいのかとか他人に言えぬ事情を抱えているのかなどといった想像で膨らました憐れみより、まるっきり違う世界を生きてきたであろう彼を憧れのような類いで見ていたのは、きっと、颯爽と目の前に現れたあの時、まるで運命の出会いであるかのように感じたからに違いない。

家族以外、誰一人プライベートエリアに踏み入らせなかった今までを考えれば至極単純で明快な想いだったのに、僕はみじんも気付くことが出来ないまま。

この、ほんの気紛れで提案したやりとりがきっかけだとは、僕とマサルの奇妙な同居生活の始まりがここから生まれたことは、昇りだした欠けた透明な月すらも知らないことだった。
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