・10話前後




いつからかトーマは心地よくなっていた。「チーム」とは名ばかりだった筈の相手‥マサルの隣に居る事が。
パートナーたるガオモンに指摘されて初めて気が付いた。微々たる変化だが、しかし確実に毎日の中で自分にもたらされていたのだ。

「なんだかマスターは変わられました‥いえ、悪い意味ではなく寧ろ良い意味です。」

そう言われても無自覚だったのでピンとくるものがない。
相変わらずマサルはやることが粗暴だし、勘と気合いだけで動いてせっかくの計画を台無しにするし、頻繁に低レベルな争いをアグモンと起こすし、それに‥

「マスター、」

なんだ?とガオモンに顔を向ける。

「確かにマサルは変わっていません。マスターのおっしゃったように相変わらず、です。何一つ出会った頃と変わっていません。変わられたのはマスターの方です。」

盛大に眉根を寄せる。
そんな僕の様子にも、ガオモンはずっと湛えたままの笑顔で続けた。

「まず、「君」呼ばわりだったのが「マサル」と名前呼びになりました。マスターが認めたとき、必ずファーストネームになりますから。」

そういえばと、一応自覚はある。目上の方に対しては流石に敬称だが、対等かつそれに準ずる立場の場合はファーストネームだ‥。改めて指摘されると何だか恥ずかしい。

「次に、マサルの言動の捉え方がポジティブになりました。前は足を引っ張ると嫌悪していた事を、今は彼なりの考えと尊重するようになりました。」

‥そんなに変化しているのか?自分のことながらうすら寒くなってきた。何だかマサルに傾いているみたいで少し癪だ。

「何だかどころじゃないと思います‥既に。」

「‥本当に?」

本当に。
そうしてぱたぱたと大きな尾が揺れる。至極笑顔だ。

「はあ‥そんな事、いや、ガオモンが言うなら間違いないだろうが‥」

「認めたくないのですか?」

「‥いや、というより」

戸惑っているだけかな。

そう苦笑いすると、そうですかとまたニッコリ彼は目を細めた。


そんな会話をした数日後。
デジモン反応を受けて出動した。ヨシノさんがデジモンを追い込み、僕とマサルで迎え撃つ作戦を組んだ。
我ながら合理的かつ完璧な戦術だ。
アグモンとガオモンをそれぞれ指示した場所で待機させている間、マサルと二人きりだと気付いた時、先日ガオモンと交わした件の会話が蘇ってきた。

(‥僕がマサルに、か。)

自覚してしまえば早かった。
かのボクサー然り、「正々堂々」という名の潔癖を好む僕が、良くも悪くも自らに正直で真っ直ぐにしか生きられない漢気溢れるマサルは好感以外の何でもなかったと。
だからこそ、僕は惹かれたのだろう。いつの間にか隣が当たり前になったのが何よりの証拠だと、彼を一瞥しふと笑みがこぼれた。


最近のマスターは見ていて気持ちが良いとガオモンは口角をあげた。待機場所がアグモンと離れていて良かった。意外と目敏い彼の事だからなに笑ってんだと必ず突っ込んできたに違いない。

マスターはいつでもクールに、いつでも客観的に、いつでも周りと一線を画してと、本当の自分を圧し殺して生きてきた。マサルと正反対の性格だと皆は言うが、根底はとてもよく似ている。
負けず嫌いで熱いモノを持っていて、融通が利きづらく感情が高ぶると口汚くなる。
ただそれは弱味とし、覆い隠しているだけ。
本当、よく似ている。
確実に怒られそうな内容だが、今のマスターになら大丈夫だろう。
マスターは知った。
本来の自分を。
本当の気持ちを。

そして、自分は知っている。
全てを理解し、把握し、呑み込み、覚悟したマスターは無敵で最強だという事を。
マサルは強い。
力とかではなく、まず心意気が。
マスターも強い。
いま、強くなった。
前より更に。遥かに。高みへ。

ぞくりと何かが這い上がった。
瞳孔がひらく。
牙が鳴る。
これから起こりそうな出来事の予感に、心底楽しみで何かが身体中を這いずり回る。
久しぶりに湧いた高揚感にマサルではないが、少し、目が爛々と光った。


「くそっ、中々来やがりゃしねえぜ‥。なにしてんだヨシノ達はよぉ」

「焦るなマサル。じっくりと罠にかけている最中の最大のポイントは我慢することだ。焦らず、潜めて、時を待つ」

「んな性分じゃねえよ」

「分かっている。しかしマサルにはここに居て貰わないと困る。デジモンを叩かないとデジソウルが出ない以上、この場所で相手が来るのを待っているのが最適かつ安全なんだ」

「あ〜うずうずする‥早く来やがれってんだ!」

くすりと笑い声が聞こえたので隣を見ると、珍しく上機嫌のトーマが居た。

「‥なんだよ」

「いや別に‥ただ前なら危険が何だと意見を聞かず飛び出して行ったのに、と思ってね。やっと言う通りにしてくれてなによりだ」

「はあ?そんなんじゃねえよ。」

そう、そんなんじゃねえ。
と、思うけど実際のトコは「分かんねえ」が正しいなと口の中で一人ごちた。
最近よく分からないんだ。先ほどトーマから指摘された通り、前なら確実に自分の思うまま行動していた場面でも、今はちょっとだけ、少しだけ、意見を汲んでみたり。でもそれはトーマの為とかじゃなくて、そう、認めたヤツだから、一理あるからとか、そういう感じで。

‥本当は、安心しているのかもしれない。
家族を守ると誓ったあの日から、ひたすら「強く」なろうとしてきた。やり方も分からないまま、きっとメチャクチャだったろうと当時の母の様子を思い出す。
いつだか喧嘩がいきすぎて警察沙汰になった時、流石に不味いと思った。怒られると思った。
でも実際は怒りながらも、ただただ泣いていたんだ。
どうして自分を傷付けるの、って。
意味が分からなかった。理解出来なかった。

なんで?どうして?
「漢」で在ろうとしているだけなのに?

きっと母は女性だから、解らないんだって思ってた。同性のトーマから同じようなリアクションをされるまでは。

「勇気と無謀は違う。本当に‘強い’と呼べるのは、守るべき者の中に自分自身も入れている事だ。君が誰かを想う様に、誰かも君を想っている。君が誰かが傷付くのを悲しむ様に、誰かも君が傷付くと、悲しい」

そうして、それでやっと、理解出来た気がした。オレががむしゃらに傷を作る度に、母親も、我が身を切り裂かれる以上に痛かっただろう、って。

トーマの言い方はいちいち鼻持ちならないし、オレの性分とは相反するけど、間違った方向へ行こうとしたら正してくれるし「チーム」とは名ばかりの出会った頃とは変わって、協力すれば個々以上の力が出せるのは気持ちが良い。
どこまでも走って行ける気がするんだ。
そう。トーマが、傍に居てくれると安心できる。
だから‥。

なんだか目の前が開けた気分だ。
なんだこれ?
悪い気分じゃない。
むしろ良い感じだ。

トーマとの関係が前と少しずつだけど変化していることに、くすぐったいような、恐ろしいようなか気がしていたけど。
うん。これでいいんじゃん、って。
今の関係に安心しているなら、むしろこのまま続けばいいなってほど。

あー、くそ。
悔しいけど、オレ、結構トーマのこと好きになってたのかもな。まあ、背中を任せれる奴だし。今は楽しく程々にしてる喧嘩だって、分かりあう為ならいとわないって、くみ取ってくれるし。

ああ、なるほど。
どうしよう。
顔、赤いかも。

自覚した途端、急に隣にいるトーマの気配に敏感になって、

(ち、近くね?)

なんてソワソワする。
あ、ヨシノとデジモンきた。

ちっとも顔の火照りがおさまらねえ。

トーマの合図を皮切りに、それぞれの場所で待機していたアグモンとガオモン、オレも飛び出す。
いつも以上に大声で、まだ赤いだろう顔の理由のイイワケを、誰にする訳でもないのに誤魔化しながらデジモンに向かい、喧嘩を仕掛け、デジソウルを生み出す。

「よっしゃー!!いくぜアグモン!!」

ぶわっ、と大量に溢れ出したデジソウルを纏って相棒にも力を注ぐ。
止まらない、吹き出し、湧き出す想いが天まで届かん勢いを伴う。

嵐だ。
やっと来たか。と、ガオモンは思った。
無自覚だったのはマスターだけではない。
それ以上に鈍いマサルが考え物だったが、いずれマスターが何とかしてしまうだろうと考えていた。
本当は、彼も自覚した方が(恐らく)マスターの為なのだろけど、高望みはしない事にしていたが。
そうか。
マサルも、やっと知ってくれたか。

紅い紅い、嵐が。
そうして、周りの色も巻き込んで、大きくなって。

ガオモンも、やがて指示が来るだろうパートナーの声を待ちながら。
やはり気持ちが良いな、と風を受けて、笑った。



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当サイトの二人はガオモンの努力によりけりな所が多し(笑)
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