口のために魚は死ぬ



・2年後の16歳トーマサ
・マサル総愛され





マサルがトーマとの関係を特別誰かに漏らすことをしないのは単に自身が恋愛に疎く慣れないため恥ずかしいというのもあるが、吹聴してトーマは元より「ノルシュタイン家」に迷惑をかけてしまうのでは。という、実は殊勝な事を気にしているのも原因だった。
トーマはそんなマサルを大切に想っているし、だからこそ彼が牽制を込めて然り気無く周囲にアピールする流れは、彼らを知っている者ならば至極当然と思うだろう。
周りが理解者だらけだった為に、不器用ながらも想われる事を受け入れ、素直になりきれないお互いをどこか楽しみながらトーマを想い、ゆっくりかもしれないが別々の世界を生きながら愛を育んできた。
だから、トーマとの関係を問われればマサルは真っ直ぐに返事を出来るまでになったのだ。

なのに、笑われるなんて。
想像もしなかった。
嘘をつくな。
つくならもっとましな事を言え。
男同士?あり得ない。

聞いておきながら彼女たちは誰もマサルの言葉を信じなかった。集団で寄って集って年下の少年を嗤った。
最初からマサルの真意など測るつもりもなかったのだ。

世間的に普通じゃないなんて疾うに承知済みだ。
だから悩んだりしてきて、でも受け入れられたから、幸せで、なのに今更ながら笑われるのか。否定されるのか。
自分の事ならいい。
しかしトーマの事までバカにされているのかと思うと、それが自分のせいなのだとするとやるせなかった。惨めだった。悲しかった。己に腹も立ったが、やはり自分では駄目なのかと、むなしくなった。

居心地の悪さに逃げるようにその場を立ち去った。そんな必要はないのかもしれない。でも堪えきれなかった。漢にあるまじき格好かもしれない。しかしこれ以上、トーマに相応しくないと嘲笑われるがごとく、トーマも非難されている様な錯覚がまず、マサルには我慢がならなかったのだ。

一緒に居たイクトが慌ててその後を追う。
マサルは漢たるもの、という信条から泣くという行為を酷く規制し、人前で涙を見せるなどもっての他としていた。が、そんな彼が気落ちし、背中を丸め、そうして湛えたものを引かせることも出来ず、泣いた。

たった一粒だけだったが、それがどれだけ珍しいかイクトは知っていた。彼の代わりにくしゃくしゃに顔を歪めてマサルに抱き付いた。
抱き付いて、ぎゅう、とかつてはユキダルモンにされた温もりを思い出しながらイクトは必死にマサルを抱き締めた。

「気にするなマサル!あんな‥っ、何にも知らない奴等の言うことなんか聞くな!トーマはちゃんとマサルが好きで、トーマが受け入れたんだ!オレも、チカも、リリーナも!ヨシノやファルコモン、アグモン、ガオモン、みんなみんなっ!だから、だから‥!!」

ふっ、とマサルの体から力が抜けてイクトは未だ追い付かない身長差から顔を見上げる。
柔らかく微笑んだ表情がそこにはあった。

「ありがとうなイクト。」

がしがしと、やはりまだ追い付かない大きな掌で頭を撫でられる。

「あー、オレもまだまだだな。悪りぃなイクト。情けねえとこ見せちまった」

へにゃりと眉を下げて困ったように笑いながら頬をかく。
バツが悪かったり、照れ臭かったり、そんな時にする彼の仕草にイクトはホッと息をはいた。
ああ、とりあえず大丈夫。
感情を大袈裟に引きずらないのがマサルの美徳で悪徳だ。未知の世界に旅に出て尚、何一つ変わらず帰ってきてくれるマサルにイクトは益々の好意を重ねる。
幼い彼がその好意の種類を把握するまで至らないが、間違いなく恋愛感情も混じっていた。
それはマサルに汲み取って貰いたい一途なモノだけど、イクトが好きな彼はあくまでトーマありきの前提を自覚する前から見せ付けられていた為、マサルとどうこうなりたい、という当たり前の願望に成ることなく。ただ、その太陽のような眩しい笑顔がずっと見れたらなんて健気にもほどがある想いでマサルの傍に居ることを選んでいた。

「マサル、あっちに行こう。飲み物買ってあげる」
「ははっ、悪りぃな。でもまあそこはお礼って感じでオレがコーヒー奢るぜ」
「うん‥分かった。早く行こう」

マサルの腕を引きながらさっきまで居た談話エリアから少しでも遠ざかりたくて急かす。
きっとそろそろトーマ達があそこに来るだろうから。マサルには何も聞かせたくなくてこれから起きるだろう出来事を予感させる前に促す。

(前に聞いたオツムの弱いってああいう連中だ。バカなヒトタチ。上辺だけしか見てなくってさ、愚かって言うんだっけ。そういうの)

マサルという魅力を分からない彼女たちに、分からせるなんて親切もしてやる義理なんてないし、と口の中でごちるイクトの目は大変冷ややかな色を宿していた。


「あれ?」

談話エリアに足を踏み入れたヨシノは見当たらない二人にため息を吐いた。

「なんで居ないのよ。じっと出来ない二人ね」

途端、クスクスと笑いが広がる。
談話エリアには数十人の女性スタッフ達が居た。
面子は談話エリアを離れる前と変わっていない。
なのに空気が変化していた。

「‥何よ」
「感じ悪‥」

ヨシノに続いて入ってきた黒崎と白川はその笑いに含まれるものを敏感に察知し眉をひそめた。
ヨシノは件の二人が居ない事と、この笑いの関連に嫌な予感を巡らせる。なんならお腹が減ったからと勝手にフラフラしてくれていた方が良かったとまで思った。
事マサルに関してめんどくさい人物がいるため場合によっては最悪の事態になってしまうと、長年の付き合いから予測できるからだ。

「マサル、居ないんですか?」

3人より遅れて足を踏み入れたトーマが誰ともなしに問うた。

「ごめん。トーマが呼ばれて出てった後、私と黒崎さんと白川さんもちょっと離れてたの。あんたと一緒に戻ってきたけど、その間にどっか行ったみたい」

ヨシノがトーマに向いて話している最中も潜めようともしない笑い声が響く。それは瞬く間に伝染してとうとう堰を切って溢れだした。

「だってあの子!!」
「マサルくん、だっけ?」

耳障りな声がいっせいにトーマへと向けられた。

確かに彼も格好良いよ?まあイケメンちゃあイケメンだし?
でも所詮ただの高校生でしょ
トーマ様と一緒だとやっぱり劣るっていうか
だから私たち、誰か付き合ってあげようか?って言ってあげたのに
こーんな綺麗所無視してくれちゃってさ
生意気よねー
断るだけでも失礼よ
何様よねー
しかも断る理由が

「「「トーマ様と付き合っているからそれは出来ない」」」

ですってー
ギャグにしても痛いよねー

下劣な言葉がトーマに降り注いだ。

彼女たちは2年前に起きた詳しくを知らない。デジモンのパートナーを持たない職員は早々に非難勧告を受けていて、彼女たちもその一部だったからだ。
だからマサルの英姿を知らない。
それでも過ぎた言葉だった。

トーマが年齢の割りに著しい成長をとげ、それはそれは素晴らしい「絶世の美青年」の階段を着々と登っているのも起因の1つだと気付いたのはヨシノと黒崎と白川の3人だけだろう。
日に日に少年の表情から大人のそれへと変わりゆくトーマを黒崎と白川も相変わらずキャーキャー言ってはいるが、それはお気に入りのアイドルだったり一押しの俳優だったり、そんな応援というか完全にただのファンというか身近にこんな眼福素材があるんだから拝んで何が悪いテイストで、全く似て非なる立ち位置であることを強く主張したい。
ヨシノはどんだけイケメンになろうがどれだけ成長しようが弟分は弟分のまま。面倒事が自分にこなけりゃそれでいい、姉御肌スタイルを維持している。
だから色めき立つ雰囲気など皆無で、本来真っ先に起こるだろう当たり前の反応を失念していた女性陣は心の奥底から「このような事態」への対策を怠っていたと、気付いたのがよりによって今とかそれはもう書いて字のごとく酷い「後悔」でいっぱいだった。

普段トーマが語るマサルとの関係は興味なき恋愛アプローチを体よく断る方便だと決めつけている彼女たちは、他と違い何故か自分たちは興味を持たれる前提でいるから片腹痛い。
かつて何らかの話題の折に触れた際、イクトに語った「オツムの弱い連中」がここにいる、と黒崎と白川は密かに感じる頭痛に息を吐いた。
そろりと渦中のトーマを見ようとしたが、すんでのところで視線を戻した。ヨシノ同様、長年の付き合いで得た勘が彼を見るなと囁いたからだ。
きっと軽く3日は悪夢にうなされるに違いない。
息を殺したまま一歩、二歩と足を後退させ、巻き添えなどゴメンな2人はそそくさと談話エリアを後にした。

意外と人情の機微に聡いイクトが一緒とはいえ、まあヘコんでいるかもしれない可愛い弟分を探しに行くという大義名分をかかえているからあの場に自分たちが居なくても大丈夫だろう。ヨシノもちゃっかりしているし心配はいらない。
それより我が身の安全の確保、だ。
2人共も無知な彼女たちに怒りを覚えたが出る幕はないのだ。それより謂れない侮辱に、きっとトーマを想って耐えているかもしれないマサルのアフターケアが我らの役目だ。
自分たちが知る最高のスイーツで慰めるか。大好物のラーメンにするか。
早く行ってあげよう。
らしくない表情が張り付いた彼など見たくないから。
どうして何時もの笑顔にしてやろうか、2人の目はようやく穏やかな色を取り戻していた。

一方、彼女たちの脳内お花畑一色の魯鈍ぶりにいっそ清々しさを感じていたのはヨシノだ。
黒崎と白川が立ち去った事にも気付かないトーマを見やる。
そうして見るんじゃなかったと即 後悔した。

マサルくんはトーマ様と不相応にも仲良くしてもらってるから勘違いしてンのよね、かわいそう
トーマ様の嘯きを真に受けてさー
トーマ様も大変ですよねぇ
マサルくんも、もう少し格好良く成長したら相手してあげてもいいけどねー
ていうかあんなナリでどうやってトーマ様に尽くすつもりだったんだか
年相応にがさつで粗暴だしね
あんな子でもお友だちなんてトーマ様、優しすぎー

凄い。
片っ端から全ての地雷を踏みやがった。
むしろヨシノは関心してしまった。
彼女たちのあまりな物言いに湧いた怒りもトーマを見た途端萎えてしまったのでヨシノも踵を返し談話エリアから離れる。

何故、この気配に気付かない。
何故、この表情に何も感じない。

トーマから放たれる物凄い殺気に自分は呼吸すら忘れそうな勢いだというのに。
好かれたいが為に放った言葉は全て仇となり。
しかし自業自得だと同情の余地もない。
ヨシノはこれから起きるだろう未来にぶるりと肌をふるわせる。もちろん、恐怖で。

(口は災いの元って言うものね)

しばらくあそこには誰も近付けさせない方がいいかもしれない。ヨシノはまだ終わってない今日の業務予定を記憶から引っ張りだし、彼女たちの穴埋めを考えなければと思案し、最悪なんですけど。と呟いた。
そうして彼女もまた小憎らしいが大切なチームの彼の為に、皆が集まっているだろう場所の見当をつけながら移動を急ぐ。
ぎこちないながらも笑顔のマサルを見つけ、ヨシノの目もやっと姉貴分の色に戻った。


トーマがマサルの元に現れたのは、それから数時間が経過していた。

何があったか、何をしていたか。
まだ荒い余韻が残っているトーマに、マサルは本能からか思うことがある為か分からないが何も聞こうとしなかった。
ただ、戸惑いながら、でもしっかりとトーマを見つめてちゃんと笑ってみせた。
皆は元より、トーマにも笑みが伝わる。
冷えきった蒼い瞳が一瞬で回復したあたり、トーマはどこまでもトーマだった。

「マサル、今日はあまり時間を作れなかったからこの後2人で食事でもどうだい?」
「しゃーねーな。付き合ってやるよ」

いつもの雰囲気に戻ってホッとしたのは、事の詳細を知らない薩摩をはじめ多分全員だ。
詳しく聞いていないがすこぶる厄介な事件が起きたと訴えられていた薩摩も、そうか片がついたかと知らずかかっていた肩の力をぬいた。

マサルは太陽だ。焼き尽くす勢いの破天荒だが隅々まで明るく照らす必要な存在。
何だかんだと可愛いがっている女性陣に、兄のようになつき慕っているイクト、そして贔屓とまでいかないがやはりどこか甘く見守っている薩摩。
そしてただ一身に愛して、唯一それに応えて貰ったトーマ。

ハッキリ言ってマサルを気に入っている面子は敵にまわしたくないメンバーだ。
その存在を念頭に置けず、正しい関係さえ見抜けず、ぬけぬけと扱き下ろしそれを何とも思わない厚顔無恥さ。邂逅からずっと側にいたから分かるんじゃないはず。傍目に見ても外野が苛つくくらいナチュラルにイチャついてやがんのにどこに付け入る隙があると思ってたんだアイツらは。
改めて思い出すと腹が立ってくる。
目配せし合ったヨシノ、黒崎、白川も何か美味しいものを食べて発散しよう!と夜の予定を立てはじめた。

「イクトもくる?」
「今日はチカと約束あるから。明日リリーナが日本に来るんだ。その準備」

じゃあお先。とマサルに手をふって帰るイクトを皮切りにヨシノたちも職場を後にする。
残ったのはトーマとマサルの2人だけになった。

「僕たちも帰ろう」
「うん、あのな、トーマ」

ふと片方の手に感じる温もり。
控えめにマサルから握られる掌の温度がトーマの体に伝わって、頬までたどり着いた熱がかすかに紅みを帯びさせている。

「あのな、オレ、腹括ったつもりだったけど、やっぱちょっと覚悟足りなかったかも」

え、別れ話?!
急に襲う不整脈に逃すまいときつく手を握り返す。
意図を察したらしいマサルにが違うって、と笑う。

「だからさ、これからも何回かあると思うわけわよ、こーゆーの。でも、次からはオレのまま、反撃するから」

やられっぱなしも遠慮しっぱなしなのも性に合わねえし。
そこには今日一番の、彼らしい笑顔があった。

「当たり前だ。気になんてするな。神妙にしている君など君じゃない。むしろ天変地異の前触れかと心配する」
「いやいや言い過ぎだろそれ」
「前だけ見ていろ。君らしく居たらいい。僕のことも、僕の家のことも。なるようになるさ。君が教えてくれたんだ、そうだろ?マサル」
「‥そーだな。
あーっ!もう!!柄にもねぇ事はするもんじゃないな、すんげー疲れたわ‥」
「ああ、ありがとう、マサル」
「‥おう。」
「君はせっかちなんだ。ゆっくり行ったらいいさ」
「おう」


しかしどこか鈍いマサルはしばらく出入り禁止になった談話エリアの理由や、強制長期休暇を与えられた数十人の女性職員には頭を傾げてばかりだった。

「あン時の人達なんかあったの?」
「・・・」

それは皆に知らなくていいと過保護にされいるのも手伝っている。
災いを招いた口を閉ざしている間は、きっと彼が知る日は果てしなく遠いのだろう。





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予定よりトーマさん出せれてよかった(笑)
前半だけの内容だったからトーマさん全く出てこんとこだった(笑)
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