追記
彼女は聡明だ。
まだ幼いながらに聡く強かでしなやかだが、まだ幼いだけに尊敬と憧れを恋と履き違えている。だけどそれは僕にとってはむしろ好都合で、彼の一番近くに居る彼女が敵では非ず味方なのが重要なんだ。
そう、思っていた。
「いらっしゃいトーマ君。マサル兄ちゃん、まだ買い物から戻ってないの‥。あ、でもすぐ帰るはずだからあがって」
「そう‥では、お邪魔します」
「いまお茶だすね」
「僕も手伝うよ‥サユリさんは?」
「いいの。トーマ君はお客さんだもん。お母さんも今用事で出掛けてるんだ」
「そう‥」
「はいドウゾ」
ガシャン。
笑顔で出された筈の紅茶は結構乱暴に置かれ、ソーサーとカップに零れた茶色い染みが点々とついていた。
「ち、チカちゃ‥」
「だから良い機会だから言っとくね、トーマ君。マサル兄ちゃんを好きなのはトーマ君だけじゃないって事を」
「チカちゃ「ただいま〜!」
わりい、トーマ。待ったか!?ドタドタ勢いよく入って来たマサルの声に、真意を聞こうとしていた僕の言葉は掻き消されてしまった。
「お帰りマサル兄ちゃん。トーマ君もさっき来たばっかりなんだよ」
だから慌てないで大丈夫。そう言って自然にするりと彼の腕に小さな手が巻き付く。にこやかに、されど冷ややかに僕に笑みを向けながら。
彼女は唐突に僕に宣戦布告を叩きつけてきた。彼女は尊敬と憧れを恋と履き違えていると思っていたのだ。
「思わせていた」だけだと知ったのは、不覚にも油断していた僕へ反撃の狼煙をあげた「今」だったりする。
引き攣った口元を、
無様にも隠せる余裕は残っていなかった。
チカちゃんKO勝ち。貴族様は自信過剰の気がなくもないからそこの隙をつかれた話。