追記
上弦の銀杯が静かの海を湛える。
「月が綺麗だね、マサル」
「そうだな」
「ちょっと違うな」
「はあ?」
「こういう場合は自分もそう思うって言うのが一番美しいんだよ」
「いろいろ意味がわからねえ‥」
「もう一度。月が綺麗だね、マサル」
「俺も‥そう、思‥う?」
「うん、ありがとう」
ニコニコした奴につられてその時はなにも聞かなかったが、数週間後にヨシノからプロポーズだったという「月が綺麗」の意味を聞いてしまい、テンパった俺は最近やたら良い顔をしていたトーマを殴ってしまった。
ほら今日は下弦の銀杯。
静かの海から流れた滴は流れ星。
堕ちる。
「‥DVを受けた」
「わ、わりぃ‥つうかDV言うな!」
「だってもう僕らはそうなっても良い関係じゃないか」
「う‥つか、プ、プロポーズ、とか、知らなかったし‥」
「じゃあ、マサル。改めて言うよ。月が、綺麗だね。」
「‥‥‥」
「もう知らなかったは通用しないよ?」
「お、れも‥そう思、う‥」
「君にしては上出来だね」
「ううう、うっせえ!」
「ありがとう、マサル」
「お‥おう、」
いつからか。
こんなに特別になったのは。
星と一緒に堕ちたのは、
どうやら俺も同じらしい。
「おい、トーマ」
「なんだい?」
「月が綺麗だな!」
「!」
真っ赤になった奴をみて笑う。やられっぱなしなんて癪だからな。せめてものお返しだ!
笑う俺達の側を、夏の匂いを孕んだ夜風が髪を優しく掬っていった。