彼女はまた逃げ出した。

私は必死に止めようとした。

でもそれすら叶わなかった。

彼女の表情は、とても、とても悲しそうだった。

私は知っていた。

あの人が愛されることを嫌っていることを。

気にされて欲しくないことを。


2:10度目の誕生日

「今日がアリィの誕生日なのはわかった。それで?俺にどうしろと?」
サリルは本をパタンと閉じて、メルと向き合った。2人はサリルの自室へ行きながら、話し合っていたようだ。
「ですから…旦那様には何か、アリィ様に差し上げるものを――つまり、プレゼントを用意していただきたいのです!」
メルは必死に頼み込んだ。メイドであるがため、主人の両手を掴み懇願することなど無礼千万なことはわかっていた。だが、そんなことも気にせずサリルの手を取り、じっとサリルの瞳を見つめた。サリルはそんなメルの様子に少し驚いていたようだが、そっと手を解いたあと、フッと笑った。
「一体何故そこまで気張っているのかはわからんが…いいだろう。考えておく」
サリルの返答を聞いて、メルはホッと一息ついた。
「ありがとうございます旦那様…!それでは、私にも用意がありますので!」
「あぁ、最後に一つ聞きたいんだが」
部屋から飛び出そうとしたメルをサリルが呼び止めた。メルは「何でしょう?」と言ってサリルのほうを再び見た。
「プレゼントってことは、受け取る側が喜ぶものがいいんだろう?正直な話、俺はアリィ以前に子供らのことはよくわからん。特に女の子となると全く検討がつかなくてな…」
サリルはなんでもないような調子でメルに聞いたが、彼の白い獣耳の先がほんのり朱色に染まるのをメルは見逃さなかった。
「あら…女の子でなくとも、せめて女性がお喜びになるものはご存知でしょう?…嬢様にプロポーズされた際にお渡ししたものと同じようなものをご用意なさればよろしいのでは?」
メルはニコッと笑いかけ、部屋をあとにした。サリルは一瞬、石のように動かなくなったが、その直後、湯気が出そうなほど真っ赤になった。
「な…!メルのやつ、カルラからそんなことを!!?」

「……はぁ」
シエロの小庭の屋敷が後ろから夕焼けに照らされシルエットのようになっているのが見える。あかね色に染まった雲の道を、アリィは時折ため息をつきながら歩いていた。
「んだよアリィ。今日はずいぶんお疲れじゃん」
ハイラはアリィのそんな様子を見て気になったのか、後ろから声をかけた。アリィはそれを無視した。
「あー、そうですかそうですか…帰ったらすぐ寝たほうがいいんじゃないですかねお姉ちゃん?」
わざとからかうハイラ。いつもならここで「うるさい」とか「馬鹿にしないで」と返されるのに、今日は一向に反応がなかった。さすがのハイラもここまでくるとよっぽど疲れているのか、それとも大きな悩みを抱えているのかと察し、何も言わなくなった。
開け放した鉄製の門を通り過ぎ、屋敷の大きな木の扉へと2人は進んだ。そしていつものように扉の堺のそばにあるノッカーで家族が帰宅したことを知らせる回数――3回叩き、扉を手前に引いた。
「アリィねえさん、ハイラにいちゃん、おかえりなさい!」
「ねえねえ、今日の学校はどうだった?お話してよー!」
玄関では、テラシェとルネスが待ち伏せしていて、姉と兄の姿を見るなり寄ってきた。
「おお、わかったわかった…とりあえず、部屋に行って荷物置いてくるから、ここで待ってろ、な?」
ハイラは弟2人にそう言ったあと、チラッとアリィを見た。アリィは微笑んでいたものの、言葉は一切発さなかった。
「ハイラ様のお話はお風呂やご夕飯のときにお聞きなられてはどうですか?ご用意はできておりますよ」
子供たちの和やかな様子を伺いながら微笑んでいたメルが、子供たちに声をかけた。
「そっか…じゃ、ルネスとテラシェは先に風呂に行ってろ。アリィも兄ちゃんもすぐ行くからな!」
テラシェとルネスが「はーい!」と返事をして風呂場のある方へと駆けていった。そのあと、メルが「私もまだやらなければならないことがたくさん…!」などと独り言を呟きながら、機嫌良さそうに食堂へと向かっていった。
玄関にはハイラとアリィだけが取り残された。
「…あのさ」
ハイラが唐突にアリィに話しかけた。それがいつものふざけた調子でないことに気づいたアリィは、ハイラに目をやり、「何よ…?」と言った。
「俺は無視されたって一向に構わねえけどよ…そういうの慣れたし、俺も半分以上はあてにされるとも思ってねえから。でもさ、テラシェやルネスにあれはないだろう?お前が疲れてても、悩んでても、あいつらはそれを知らないし、知った時点で人一倍心配するだろう。もしかしたら、変に我慢させちまうかもしれない…だから、せめてあいつらの前ではいつもどおりでいてやれよ」
アリィはハイラを疑うような目で見た。「言っとくけど、これはマジだからな」とハイラは付け足した。
「んでもって、そんなに困ったことがあるんだったら、母さんにでも相談してみろよ…父さんだって、いつもは構ってくれないけどそういうときはちゃんと親身になってくれるだろうし、他にもメルなんか…とにかく、ここには頼りになる大人が一杯いるんだから、自分ばっかり抱え込まなくてもいいと思う。例え俺らの姉ちゃんでも子供は子供なんだ。甘えたって悪いことはないだろ?」
アリィは目を見開いてハイラの話を聞いていた。そして、しばらくしてからぷっと吹き出した。
「驚いたわ…ハイラが真面目な話をするなんて!」
アリィがそう言って笑い出したのを見て、ハイラは「そりゃ、たまには真面目な話をしてもいいだろ…」とかなんとかぶつぶつ呟いた。
「でも…ありがとう。そうよね、私が落ち込んでちゃ、2人に迷惑かけちゃうわ。それに、ここには皆いるものね」
アリィが散々笑った後に言った。ハイラは「別にお礼を言われるようなことはしてねえよ…」と若干照れくさそうに言った。
「何だか吹っ切れちゃったみたい。テラシェやルネスを待たせちゃいけないし、早くお風呂に入りましょ」
アリィは意気揚々と階段を上がっていった。ハイラもアリィのあとを追うように階段を駆け上がった。

日も暮れ、月が空にぽっかりと浮かぶ頃、アリィ、ハイラ、ルネス、テラシェの4人は今日学校であったことを話題に、食堂へゆっくりと向かっていた。
「そしたらな、その鳥みたいなやつが大騒ぎしながらこっちに飛んできてよ…」
「鳥みたいなのに飛行演習は下手なの?変なのー」
「ハイラ兄ちゃん飛べるのズルいよー!テラシェも飛びたい!!」
「あら、でもその大騒ぎしながら飛んできた子を避けられなくて正面衝突したのは誰だったかしら?」
「それは内緒だって言ったじゃねえかアリィ!」
可笑しそうに笑う子供たち。気がつけば、食堂の扉の前まで来ていた。
「あれ、今日は閉まってるのか…珍しいな」
ハイラが閉ざされた両開きの扉を見ながら言った。僅かに隙間の開いたところから、食堂内の明るい光が漏れている。それだけでなく、そこからほんのりと甘い香りが漂ってくることにもアリィは気づいた。
「もしかして…ううん、メルのことだもの。きっとそうに違いないわ」
アリィはそう小さく呟いて、顔をほころばせた。そして扉に手を当て、勢いよく押し開いた。
途端に食堂の光が子供たちを照らす。黄色がかった優しい光の中、目の前にパッと淡いピンク色の花びらのようなものが降りかかった。
「アリィ様、本日は10度目のご生誕記念、誠におめでとうございます!!」
メルがアリィに近寄って言った。片手には、桜の花びらをかたどった紙吹雪の入った籠を持っていた。
「さあ、お子様たちはあちらの席へ…今日は私めが腕によりをかけて作った料理の数々をご堪能くださいませ!」
ハイラたちが続々と席に着く中、アリィはメルに声をかけた。
「メル…」
「どうされましたか?アリィ様…」
メルが言い終える前に、口を閉じた。アリィが抱きついてきたからだ。
「あ、アリィ様!?」
大慌てて手をバタバタと動かす。そうして少しの間顔をうずめていたアリィがやっとメルから離れたときには、ここ最近でも滅多になかったような喜びが表情に現れていた。
「ありがとう、メル!すっごく嬉しい…私のためにわざわざここまでしてくれて」
「それは私も同じですよ、アリィ様。貴女がお喜びになられている姿を見ることが、私の今回の望みでしたから」
メルが優しく笑いかけた。アリィもにっこりと笑ったまま頷くと、自分の席へと向かった。
「それでは、今宵の主役も準備が整ったようですので…お食事としましょうか!」
ルネスとテラシェが「せーのっ…いっただきまーす!!」と大きな声で元気よく号令をかけた。このときのために練習していたのだろう。アリィはこのパーティを計画したのはメルだけではないことを知り、それが尚一層嬉しかった。
「おっどろき〜…そういえば今日だったな…」
ハイラだけは何も知らなかったらしく、面食らっていた。アリィは隣に座る唖然とした自分の弟を長テーブルの下で強めに小突いた。

カービィの食事とは非常に速いものである。メルが半日以上費やした料理の数々は、わずか一時間弱でそのほとんどが消えていた。暇を持て余した者たちは、徐々に自分の席を立ち始め、ふざけあったり、話し合いに耽ったりした。
「アリィちゃん、お誕生日おめでとう!はい、私からのプレゼント」
黒っぽい女性カービィ、レミルナがアリィにリボンのついた小ぶりの箱を手渡した。
「ありがとう、レミルナ姉…!開けてもいい?」
レミルナが頷くと、アリィは丁寧に包み紙を取り、中の白い箱を開けた。
中からはガラスで出来た筒が2つ、木の棒の間に挟まれたようなものが出てきた。ガラスの筒の片方には青い小さな星がたくさん入っていて、食堂内の光を受けてところどころ反射してキラキラと輝いていた。
「ひっくり返してごらん。そうそう、星が入ったほうを左側にして…」
レミルナに言われるがままにアリィがそれを逆さまにした。すると、左側の筒から星が1個消え、瞬きをする間もなく、右側の筒に星が1個現れ、底に落ちた。
「わぁ…!これって、レミルナ姉の『テレポーション』で作ったの?」
「そうよ。『星時計』っていうの。これに使ったテレポーションはいつもみたいな即席のものじゃなくて、ちゃんと魔法陣を書いて時間をかけたから、大丈夫よ…多分」
レミルナが自信無さげにそう言った。アリィは、レミルナがテレポーションの練習用にと持ち出した母親の本がことごとく行方不明になっていることを思い出して苦笑いをした。
「でも、すっごく綺麗…ありがとう、レミルナ姉!」
アリィが改めて礼を言うと、「いいのいいの。アリィちゃんは勿論、お母さんにもいつもお世話になってるし」と返して、レミルナは自分の席へと戻っていった。
それからしばらく、アリィは星時計をテーブルの上に置いて眺めた。星が1つ消えては隣の筒に現れ、また1つ消えては現れ…。途中でひっくり返すと、さっきまで移動していたはずの星が、また1つ、1つと元いた筒へと戻り始めた。

「どうしたの?アリィ」
「全然眠れなくて…何だか落ち着かないの」
「そう…そうだ、母さんいいこと思いついた」
「?」
「外に出ようか。それで、屋敷の屋根の上で天体観測しましょう…勿論、皆には内緒で」


「母さん…」
そっと、呟いた。さっきは吹っ切れたと言っていたものの、やはり一番祝ってほしい母親がいないことが、アリィには気がかりでならなかった。しかし、これだけのことをしてくれたメルや、自分のためにパーティに付き合ってくれている他の人たちにそれを悟られたくなかったし、我儘ばかり言っても迷惑をかけるだけだとも思った。アリィがそうして1度ため息をついたとき、アリィのほうへと向かってくる人影があった。
「アリィ」
声をかけたのは、意外にもサリルだった。アリィは星時計から目を離し、サリルのほうを見た。
「まずは誕生日おめでとう。今日で10つになるそうだな…お前にとって、今年は特別な年になるだろう」
当たり障りのない話題を持ちかけるサリルを見て、アリィは疑うような目で見た。サリルもそれに気づいたのか、慌てたようにまくし立て始めた。
「あ、いやその…記念ってことはつまりだな、特別ってことだ。だから俺…じゃなかった、父さんもお前に…」
サリルが言いかけたところで、食堂にバタン、という大きな音が響き渡った。扉が開いたのだ。そして、扉のそばにいたのは…。
「じょ、嬢様!?」
初めにメルが叫んだ。周囲がざわめき始める。食堂の扉から見て奥にいたアリィは、その姿が見えなかったが、椅子から弾けるように立ち上がり、そちらへと駆けていった。
「か、母さん!」
テーブルの周りで扉の方を見つめる大人たちの間をすり抜け、アリィは母親の元へと行き、そして、跳んで抱きついた。
「アリィ…!」
カルラはアリィを抱き返し、優しく撫でた。
「でも、どうして…?今日は遅くなるって…」
しばらくカルラの手の中で埋もった後、アリィはカルラの両手を取ったまま聞いた。
「だって、今日はアリィのお誕生日でしょう?去年も、一昨年も何もしてやれなくって、母さんも悲しかったの。だから、頑張って仕事を早めに切り上げてきちゃった」
カルラはそう説明したあと、ベールの内側から小さな箱を取り出した。レミルナのものとは違う、質素な箱だ。
「急いでいたものだから、あまりプレゼントらしさはないのだけれど…受け取ってくれるかしら?」
アリィは手を出し、箱を貰った。そっと開けると、中には箱にギリギリ収まる大きさの瓶が入っていた。大きい瓶口に見合う太いコルクで栓がされており、中には様々な色の小さな球がぎっしりと詰められていた。
「アリィ、これが何だかわかる?」
カルラがアリィに聞いた。中の球は、アリィには見覚えがあった。ここに住んでいる大人たちの一部がよく、持ち歩いている、透かすと模様が入っているのが見える球…
「…『能力飴玉』。つまり、『コピーのもと』」
「正解よ。アリィも今年で10になる。これからは、自分で自分の身を守る術も必要になるわ。よく考えて、大切に使いなさい」
アリィはプレゼントから目を離し、カルラを見た。「コピーのもと」は危険だからと、あれだけ触らせてくれなかった母親が、自らの手で渡してくれた。アリィにはその意味がわかって、それが何より嬉しかった。
「もう、子供だからって甘やかしてばかりいられないものね」
カルラが照れ隠しにそう言った直後、アリィはもう一度、カルラに抱きついた。
「母さん、ありがとう…!最高のプレゼントだわ!」
カルラは「まったく…やっぱりまだまだ子供だったかしら」と少し呆れたように言いながらも、そうしてくれているのが嬉しいようだった。
「それで…パーティはもう終わっちゃったのかしら?大慌てで帰ってきたからほとんど何も食べていないのだけど…」
「それなら嬢様、ご心配ありませんよ!とっておきのデザートをご用意いたしましたから…!!」
そう言ってメルが別の部屋へ消えたと思ったら、次の瞬間、メルの等身よりも遥かに上を行く巨大なケーキを持って再び現れた。
「パーティは、まだまだこれからですよ!」
メルがカルラとアリィに笑いかけた。2人も、満面の笑みでメルを見つめていた。

「やはり、性に合わないことはするもんじゃないな」
サリルはため息をついて、カルラに話しかけた。巨大なケーキも食堂の者全員でかかれば僅かな時間で食べ終わってしまい、メルが「今日はありがとうございました!さて、そろそろ自室に戻ってくださいな。明日も仕事や学校はありますから…」と就寝を促していたところだった。
「そのことならメルから聞いたわ。それで、プレゼントは渡せたの?」
カルラの問に、サリルは頭を横に振った。
「じゃ、今渡したらいいじゃない。人が少ないほうがやりやすいだろうし」
「そう簡単には言うがな…そもそも過程が…」
「なら、私が渡してくるわよ」
「あ、いや、それは……あぁ、わかったわかった!自分でなんとかする…」
サリルは自分の耳の後ろをガリガリと掻きながら、アリィのほうへと足を運んでいった。カルラはそんなサリルを見ながら、「これだからあの人は…」と小さく文句を垂れた。
「嬢様、お疲れではありませんか?今日は早めにお休みになられたほうが…」
「ありがとう、メル。私は大丈夫よ。それより…シーマをいたわってあげて」
カルラが開け放された扉の先にある、玄関の方を見た。そこではユノに説教まがいのことをされて胡散臭そうに聞いている、見るからに疲れきったシーマの姿があった。
「彼、アリィの誕生日が今日だって知ってたみたいなの。だから、私だけ先に帰ってくれって。あとは自分1人でなんとかするからって…随分と無茶したみたいだけど」
カルラはシーマから目を離すと、今度はメルの方を向いた。
「メル、今日は本当にありがとう。貴女がこのパーティを計画してくれて、アリィも大喜びしたに違いないわ」
カルラが穏やかな笑みで言った。メルは微笑みながらも、ゆっくりと頭を振った。
「いいえ、これは私の我儘でございます。アリィ様には何も用意しなくていいと言われていたのに、私のお節介がこうさせたのです。…でも、良かった」
メルはふっと一息ついたあと、更に話を続けた。
「もう、後悔はしたくなかったですから…御嬢様のときのようには。ですから、私のやりたいようにやっただけでございます」
「そう…」
カルラが優しく相槌を打った。メルはまた、にこっと微笑んだ。
「それでは、私はお片づけをしなければならないので…ここら辺で失礼させていただきます!」
メルはバタバタと慌ただしく動き始めた。テーブルに何枚もある大きな皿も、メルの怪力にかかればすぐに運び出されてしまうだろう。カルラは食堂の隅へと目を向けた。丁度、サリルがアリィに包みを渡しているところだった。アリィはひどく驚いた様子で、しかし嬉しそうにその包みを受け取って、食堂をあとにした。
「プレゼント、渡せたじゃない」
カルラがこちらに戻ってくるサリルに言った。サリルはというと、先ほどと同じように自分の耳の後ろをガリガリと掻いていた。
「一応、父親だからな。これくらいのことはしてやらなければと思っただけだ」
サリルが全く慣れていないことをして空回りしてしまったことに恥ずかしさを覚えていることにカルラはとっくに気づいていたが、そこには触れないことにした。
「…もう、そんな年になるのね、アリィも」
カルラが天井を仰ぎながら言った。
「何も、アリィだけじゃないさ…ハイラも、ルネスやテラシェだって、成長して、やがては俺たちと変わらない年頃になっていく」
サリルがカルラの横顔を見つつ言った。
「不思議ね…こんなこと、昔じゃ考えられなかったのに」
「そうだな…確かに、お前は…」
サリルが何かを言おうとすると、カルラが尚も上を見たまま、目を細めた。これ以上は言わないで。…サリルにはそう言っているように感じた。
「でも、それが一番の幸せなのでしょう?今だってそう…何でもない毎日が続いてほしいなって」
カルラは天井を見上げるのを止め、サリルに向かって笑いかけた。その笑顔だけは、昔から変わっていないようで、サリルも思わず口の端を上げた。
「それじゃ、おやすみ…明日も予定が詰まってるから」
カルラは欠伸を手で隠しながら、食堂を出ていった。

アリィは自分の机の上に、貰ったプレゼントを置いた。星時計に「コピーのもと」の入った瓶。そして、白いピンどめ。
同室である弟たちはもう寝てしまった。最後に、星時計をもう一度ひっくり返し、アリィはベッドに寝転がった。
暗い部屋の中でも、星時計の中の星は青く輝き続ける。アリィはベッドからでも星時計が見える位置に移動して、それを静かに見つめていたが、最後の星が左側の筒に移動したときには、もう眠りについていた。

「ねえねえ、あの星はなんていうの?」
「そうね…あんなに青い星、母さんも見たことないわ」
「それじゃ、お名前はないの?」
「そうかもね。もしかしたら、昔はなかったのかもしれないわ」
「何だかかわいそう…」
「…だったら、アリィがお名前をつけてあげたら?」
「え…?」
「だって、アリィが見つけた星だもの。アリィが名づけてあげたほうが、あの星も嬉しいに違いないわ」
「う、うん…じゃあ、あの星の名前は…」



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