まっさらでない眼球

2011/03/28 23:45


思いもよらぬ不安となったアパートの入居にあたっての審査にOKサインが出たようで、心の底から安堵している。私の家庭には幾らか複雑な事情があるのであって、それは今までの人生にもぽつぽつ波紋を作ってきたのだけれど、もう今回はあわやホームレスとなるところだった。

家庭を持つ際には、どうかどうか堅実に生きてくださいね。私のような卑屈な娘を世に出さぬためにも。





もともと物が少ない部屋ではあるのだけれど、やはり一切を段ボールに詰め込むには余りあるもので、服と本とCDを幾らか手放すことにした。購入して手元に置くよりも図書館を利用するほうが多いということ、音楽もダウンロードの波に押されているということから、私自身が覚えているよりも、手元に物質として残るものは案外少なかった。蔦のように壁を這わせていた映画のリーフレットも、クラブイベントのポスターも、美術展の広告もすべて剥がしてしまった途端に、私は確かにこの部屋に存在していたのだなあと思った。私が貼り付けた膜の下から、まっさらなベージュの壁が剥き出しになって、何もない空間へとこの部屋は還るのだ。

そして四月は来る。



売り払ったぶんで儲けた金を手に、回転寿司屋ののれんをくぐる。営業している飲食店はまだ限られていて、しかも入荷未定と示されたネタもあって、そこはやはり悲しいものがあるのだった。



昔は海老をたいそう好んでおり、甘海老と蒸し海老を繰り返し食べていたのに、味覚はやはり変わってしまうもので、今は鯵におろし生姜を載せたものがいちばん好きなネタだ。あとはエンガワ、しその葉を挟んだイカ、穴子、馬刺し(魚では無い‥‥)が好き。まったりとした味のなかに薬味の鋭さを感じるものが良いのだろうか。

そういえば私が十の頃に大伯母が亡くなったのだけど(偏屈な人だったというけれど、可愛がってもらった覚えしか無い)、その時に注文したわたし用の寿司がさび抜きであって憤慨したことがあった。冷蔵庫から練りわさびのチューブを持って来させて事無きを得たのだけれど、いまこの歳になってみると十の子どもにわさびをみすみす与える気にはならぬよなあと思う。



新居で落ち着いたら、金魚を飼うつもりでいる。寿司の話のあとに金魚というのも、なんですけども。





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