Cult of Romance

2011/02/12 21:45


詰め物がころり取れてしまったのを放っておいたのがいけなかった、疼痛とともに腫れを見せる歯茎に耐えかねて、歯医者に通い始めた。物腰柔らかな先生と親しみの持てる衛生士さん数人の、小ぢんまりとしたそこに通うのは、元来歯医者嫌いの私に似つかわしくなくささやかな楽しみだ。

帰りにはビデオ屋にヒッチコックを返却し、薬局に寄って目薬を買う。かさのある雪は穏やかな気温の日ほど厄介なものはない。ぐずぐずと溶けて崩れて、踏み出す足を重たくさせて、靴に染み入っては爪先を冷やす。一時間ほどの散歩ののち、氷水に浸ったしもやけの足で帰った。



昨晩は教授とゼミ仲間とで、卒論おつかれさま会であった。生ウニやら伊勢エビやら、身の丈に合わぬ贅沢品は大変に美味であったのだけど、お高い店の料理は、いざ口に含むまでその食材は見当がつかぬことが多いように思う。時には咀嚼と嚥下を経ても分からぬこともあり、ふむ、いま食べているものは何なのか分からぬけど美味いではないか、ととりあえず納得してしまうのだ。魚に添えられた果実はすぐりだと教授に教えられて、アルコールで浮ついた思考の向こうで『名探偵ポアロ』シリーズに黒すぐりが登場していたことを思い出していた。あれは『鳩の中の猫』だったか。

突然に落ちた店内の照明に何事かと思いきや、薄いのれんの向こう、火の灯ったキャンドルに照らされたホールケーキが運ばれてきた。隣の外国人の客のうちひとりが誕生日を迎えたようで、ケーキはサプライズのようだった。世界で最も知られているあのメロディと、手拍子、きらきら眩い夜がそこにあった。



論文提出すなわち卒業というわけでもなく、審査講評はどうなっているのです、と訊ねたところ、まあ落第の心配は無いだろうとのことだった。きみは文章を書き慣れているのか、叙述のバランスが良かった、とのコメントにはからずもどきりとしてしまった。来週の発表会に向けて、またエンジンを温め直さねばならぬ。



その後は学校に忍び込んで色々なことを、そう色々なことを話していた。過去の話と、包み紙が剥がれかけたような恋と、夢に寝言、モラルと美意識、私たちが息をしているこの地点を確かめ合うような話をした。ひとりがおもむろに「おおロミオ〜」と『ロミオとジュリエット』の朗読を始めたものだから、覚えている台詞を口々に叫んだ。こんな日々はもうきっと来ないのだ。



そういえば、ワッフルメーカーを友人に譲ってもらうことになったので、大変浮き足立っている。二の足は踏むためにあるのだ。





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