PERSONA5 the FAKE | ナノ


17

社長令嬢というのも、なかなかに難儀な立場だ。中でも、奥村春に関してはとりわけ難しい状況にあると言っていい。一代で大会社へと成長し、“成り上がった者”とも言える父――奥村邦和は、がむしゃらに働く営業主から、利益のためなら手段を選ばない非情な経営者と変わっていった。
そんな中、春を最も苦しめたのは、父が“会社のために”と決めた婚約者の存在だ。渋谷の裏通りでトラブルになっていた相手がまさしくそれで、婚約者である春を一方的に支配しようとするような、高圧的で傲慢な態度のいけすかない男だった。
無理矢理に春を連れて行こうとする男から彼女を救った蓮たちは、モルガナと共にルブランの屋根裏部屋へと戻り、真剣な眼差しをテーブルの中心に集めていた。

「ごめん、寝てた…」

婚約者とのトラブルで疲れ切っていたのだろう。ソファで静かに眠っていた春がふと瞼を上げ半身を起こした。「休めた?」と伺う真の問いに頷き、長い睫毛と共に狭い屋根裏に集まる少年少女を見回す。それから、ひとつ異変に気が付いたかのようにテーブルの上で景色を止めた。
「モナちゃん?」
彼女が呼んだのは、自分を助けてくれた勇敢な猫の名だ。異世界に迷い込んだ時も、傍若無人な婚約者に詰め寄られた時も、身体を張って助けてくれた友人。ここにいる少年たちの仲間だった彼は、いつになく真剣な眼差しを世界に向けていた。
「…とにかく、さっき話した通りだ。役立たずのワガハイの為に、これ以上命を懸けてもらうわけにはいかねえ。人間に戻れる確証だって、本当はどこにもないんだ」
春が眠っている間、モルガナたちはこれからの怪盗団の活動について話をしていた。そして、なんとなく重い空気が漂っているのは、話の中心にいる彼が一つの決意を口にしたからだ。
「これじゃ、“取引”になんねえよ。ワガハイたち、やっぱり別れた方がいいと思う」
パレスやメメントスの攻略は、モルガナが人間に戻るためのひとつの手がかりだ。しかし、先に彼が言った通り“戻れる確証”なんてものはどこにもない。そんなもののために蓮たちが命を懸けてパレスに立ち向かう必要はないのだと、揺れた尻尾と共にカタい言葉がテーブルの上へと落ちる。
それを見送るように目を瞑った祐介が、漂う緊張を解くように口角を上げた。
「誰がお前のために怪盗を?俺は自分の見識を広げるためにやっている」
個人的な目的を持っているのはモルガナだけじゃない。祐介は己の芸術の為、双葉は母親の死の真実を追うため、リーダーの蓮も怪盗団の活動が自分を陥れた人間を見つける糸口になるかもしれないと、僅かな希望を抱いている。竜司、杏、咲、真の4人だって“誰かのため”という正義感だけで自己犠牲的に参加しているわけじゃない。
しかし、祐介の言葉にモルガナは静かに首を振った。
「そんな気休めはやめてくれ。別れてもらうぜ、いいよな?」
彼の問いかけが小さく木造の古びた部屋に広がる。それに誰よりも先に応えたのは、藍色の背中を静かに見つめていた春だった。

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