3 心寂しい笑みだと、この男のこんな顔は初めて目にすると、脳内はチンケな感想ばかりに埋め尽くされていく。 いよいよタイムマシンが、発進準備を終えようとした。 「最後までワガママばっかで、ごめん。けど、忘れないでくれ……オラはおめえやみんなと一緒に生きて来た時間を、誇りに思ってる」 「カカロッ……!」 「バイバイ、ベジータ」 ──愛してる、ずっと。 一際高く鳴いたタイムマシンは直後、微かな残像と共に消え去った。 同時に地面へ頽れた悟空は、左胸を押さえて唇を噛み締める。 我慢していたツケが一気に回ってきたようだ。 病魔に蝕まれた心臓が悲鳴を上げ、悟空は余りの辛さに苦痛の面を刻む。 「ハァ、ハァ……っ!間に合って、良かった……へへ。オラも、もう……ダメみてぇ、だ」 けれどもベジータの前では笑っていたかったから、悟られずに送り出したかったから。 どれだけ肉体が憔悴し衰えたとて微塵たりとも弱みを見せずに、現在まで気力を奮い立たせながら闘い抜いた甲斐がある。 それでもセルとの激戦は、薄氷を踏む心境ではあったけれど。 「どうせなら……戦って、死にたかったなぁ。やっぱオラもベジータと同じ……サイヤ人……だか……ら」 段々と色褪せて行く景色。 か細い呼吸を必死で繋ぎ止め、痙攣して動かし難い血の通わぬ指先を道着の懐へと差し入れた。 ぼやけた彼の視界に映るのは、人造人間の襲撃で世界が混乱に陥る直前に一度だけ撮ったベジータとの写真。 撮影してくれたのはブルマだった。 戦渦の中で随分とボロボロになってしまったが、愛しい相手と寄り添いながら笑う写真の二人は変わらず、とても幸せそうで。 彼が当時の笑顔を取り戻してくれればいい。 死に身である自分は、その傍らで見守ってやれないのが歯痒いが。 “なにバカ言ってんだよ!二人で一緒に助かるって、そう決めたじゃねえか!!” 先程ベジータへ投げつけた自身の台詞が、蘇っては消えていく。 「……やく、そく……守れなくて……ゴメ、ンな」 オラはもうダメだけど、おめえは生きて、また……笑って…… 一筋の涙が、悟空の頬を伝った。 彼は満足げな微笑みを称えて温かな眠りに就く。 未来永劫目覚め無き、安らかな眠りに。 「孫、悟空……」 愚かな奴だ。 己との再戦を迎えずして力尽きた男の亡骸を、セルは恭しく抱きかかえる。 不思議な気分だった。 自分はこの様な美しい死体など求めてはいなかったと言うのに、いざとなれば男の微笑みを壊す気にすらならないなんて。 遂に、怪物は地上で独りきりとなってしまった。 退屈は御免である。 孫悟空の存在しない世界には興味など湧かない。 「この星にも飽きたな」 怪物は男の死体を抱えて、湿っぽい地下室を後にした。 地球を破壊し尽くした化け物が、一体何処へと向かうのか。 今後、彼らの行方を知る者は現れない事だろう。 その日、一つの世界が終焉を告げた。 end |
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