「瞬兄、何かすることある?」
「いえ、今は特には…」

以前と変わらぬ日々が続く中、俺は今キッチンで料理に勤しんでいた。ひょっこりと顔を出して聞いてきたのはゆきで、先程からちょこちょこと顔を出しては「手伝おうか?」など、落ち着かない様子で周囲をうろうろしている。
その度にやんわりと断るのは、俺がゆきに何か作りたかったからで。

幼い頃からゆきのために出来ることはと考え、けれど言葉や態度では表せないと葛藤してきた。
ゆきの好きなものをゆきのために作る。
健康を気遣ったメニューにする。
そのどちらも、口に出さず、行動するわけでもない。
これならば表に出さずともゆきのためになる。
それに思い当たった時、自分がゆきに出来ることがある、そのことがただ嬉しかった。

ゆきは知らなくていい。
ただ、自分が彼女のためにしたいだけの自己満足。

(だが…、今は違う)
何か食べたいものはありますか、と聞くことが出来る。では作りますとゆきが食べたいと言ったから作るのだと、そう言っても許される。
胸の内が喜びで溢れて、温かかった。

「瞬兄、何かしてほしいことはない?」
「…どうしたんです?何かあったんですか?」
「ううん、聞いてみただけ」

確かに、この家で調理を行うのは自分とゆきくらいで。どちらかが作っていればもう一人が手伝うのもよくあることだと言えばそこまでなのだが、今日のゆきはなんだかいつもと違う気がして首を傾げる。
まるで一向に引く気がないというか、「手伝ってください」と言うまではここから離れそうにないというか。作業の手を止めてゆきに向き直ると、ゆきは何かあるのかとばかりに表情を明るくする。



「ゆき」
「なあに?」
「何かあるのなら言ってください。俺はあなたの願いならできる限り叶えたいと思っていますし、あなたからの願いを、俺が断る理由もない」

じ、っと少女の大きな瞳に目を合わせて見つめ続ける。
「ほんとに、なんでもないの」
「ゆき」
キッチンにゆきと二人、顔を合わせたまま立っていた。
そのまま数分が経っただろうか。
最初こそ「なんでもない」の一点張りだったゆきの瞳が揺れ始める。何か言いたげな目が、俺を見ていた。
「ゆき、お願いします。…言ってください」
落ち着いて、ゆっくりと紡いだ言葉は自分が思っているよりも柔らかく音となった。
そのことに安堵して、ふっと呼気を吐いて表情を崩す。
「…ゆき」
自分よりも人の感情に敏感なゆきだから。
どんなに言葉を尽くすよりも態度で示した方がより伝わりやすい。
ゆきは優しいから。

「…瞬兄は昔からお世話してくれてばかりだから……」

たまには、私が瞬兄の役に立ちたくて、と小さく付け足された言葉に、軽い衝撃を受けたような気がした。
この少女は何を言っているのだろうかとさえ思った。
昔から、救われてきたのも支えられてきたのも、自分の方だというのに。
今まで冷たく接してきた分、甘やかしたい、優しくしたい、役に立ちたいと思っているのは自分の方であって、謝るべきも、感謝するのも自分であってゆきではないのだ。



「ゆきがそんなことを気にする必要はないんです。これは俺が好きでやっていることで、世話をしているだなんて言われるほどのこともしていないんですから」
「そんなこと…」

微笑みと共にそう言うと、ゆきは納得がいかない様子で顔を曇らせてしまう。
そんな表情をさせたいわけじゃなかった。
いつだって、ゆきには笑っていてほしい。

「どうすれば…いいんです?」
長年見てきたからといって全てを知っていてなんでもわかるのかと言われれば決してそんなことはなく。
仕方なく今回は折れることにして、ゆきが何を自分に求めているのか、静かに耳を傾ける。
別に今回だけのことではなく、ゆきにどうしてもと言われればそこまでなのだが、とそんな考えが頭をよぎったが、それは今は関係ないとすぐさま消した。

「私のお願いを聞いてもらうんじゃなくて、私が瞬兄のお願いを聞きたい」

本心からの願いなのだろう。真剣な眼差しに射抜かれて何も言えなくなる。
自分の願い。それはずっと願うことすら許されないと諦めて口に出せなかった想い。
簡単なようで、困難だった願い。



(言っても、いいのか…?)
消滅する未来がなくなった今でも、ほんの少し躊躇ってしまうのはまだ実感できていないからなのだろうか。胸にはあるのに、すっと声にはなってくれない。
喉に何か詰まったように。
唇が、開かない。

「瞬兄?」
心配そうな声と不安げな表情にハッと我に返る。
何を悩むことがあるのだろう。
ずっと恋慕ってきた少女が、自分の願いを聞きたいと、それこそが自分の願いだと言ってくれているのだ。
(そうだ…何を迷うことがある)
ゆきの願いこそが自分の願いで、それは今、重なったのだから。

「俺は…今と変わらずあなたの傍にいたい。…傍に、いてほしい」

告げた途端、ゆきがきょとんと一瞬目を丸くしたから、やっぱり浅はかな願いだったのだろうかと不安になるも、それは本当に一瞬、刹那のことで。

「瞬兄、それは瞬兄のお願いじゃないよ。だってそれは…私のお願いだもの」

ふふっ、とゆきが嬉しそうに笑ったあと俺に告げる。
その言葉が、今があることが、本当に嬉しくて嬉しくて仕方なくて。
「…ゆき。ありがとうございます」
幸せに包み込まれて、自然と笑みが零れていた。











fin.(110426)
瞬兄は幸せになるべき。
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