紅茶の香りが部屋いっぱいに広がる中で、カチャリと高い、陶器独特の音がした。

「あのね、アーネスト…これは、今だから言えることなんだけど…」

そう前置きしてから、とても言いにくそうにゆきが口を開く。言いにくいなら無理に言わずともいいのに、なんて内心苦笑しながら、彼女の言葉の続きを待った。

「私…、ずっとアーネストは嘘をついてると思ってたの」
「嘘…ですか?」

唐突に告げられたそれに、思わずきょとんと目を丸くしてゆきを見てしまう。うーん、と呟いてから瞳をわずかに伏せた彼女は、それに対する上手い表現を探しているのか、試案顔で唸っている。
「えっ、と…上手く言えないんだけど…。だって、あの頃も今も、アーネストは日本が好きでしょう?」
あの世界でも何度も聞いたそれに、「あなたは懲りませんね…」と軽く息をつく。
同時に思い出される、過去と呼ぶには鮮明すぎる映像。



それは時に楽しいもの、美しいものであり、多くは鈍い血色をしたものだった。異人というだけで襲いかかられたことなど何度もある。
高杉との最初の出会いだってそうだ。
(まあ、それも今となっては過ぎたことですけど、ね…)
彼女と、高杉と、仲間たちと出会って、全ての日本人が「ああ」ではないことを知った。
彼らも守るために必死だったことを知った。
また、高杉やチナミといった、出会った頃こそ異人である自分に敵意を向けていた人たちが、外国人を日本から排除するといった考えを改めてくれた。
けれど。
多くの同士たちが、日本という地を踏んだだけでその命を落としたことは忘れようもない事実で。かつては憧れ、その憧憬だけで身を焦がしそうなほどに焦がれて焦がれて、やまなかった国。たったひとつの書物だけで、逸る気持ちを抑えられずに長い時をかけてこの国に渡ってきた、昔の自分。

交錯する複雑な感情。
全てを嫌うことも出来ず、かといって、全てを許すことも出来ない。
人も国も同じなのだと思った。
良い部分もあれば、悪い部分もある。
それは個でも、全でも、同じ。

だからこそ、一度は裏切られたそれを、もう一度口に出して好きだとはとてもではないが言えなかった。
だから、嫌いだと言った。
嫌いとしか、言えなかった。

そんな自分にゆきは、あの頃も今も、問いかけてくる。まるで素直になれとばかりに。
(困りましたね…)
眉を下げて、口元に手を持っていく。
「…アーネスト?」
過去にばかり気をとられていた私に、ゆきの不思議そうな声。
「どうか、した…?」
彼女自身、当事者でないとはいえ、あの頃の自分たちの扱いについては知っていて。
今自分がしている、この問いが何かを引き出したのではないかと心配しているのだろう。
(ほら、その証拠に…)
心配そうな、顔。



(言いにくかったのも、仕方がないか)
「なんでもありませんよ」
「…ほら、また嘘ついた」
悲しげに、それでも私から目を逸らさずにほんの少し、ゆきは頬を膨らませる。
「ゆき…?」

そういえば、結局「嘘」がなんのことか聞いていない。

「昔ね、本で読んだことがあるの。…頭の良い人や回転が速い人は、全体を見れる、って。そのことはとてもいいことなんだけど、全体を見れるからこそ諦めてしまったり、自分の気持ちに嘘をつくことがあるんだ、って」

言いながら、やっぱりゆきは私から目を逸らさない。
まるでその瞳が、己のことだと言っているような気がして。わずかに目を逸らしてしまった。
(これでは、肯定しているようなものですね)
「アーネスト。…アーネストは、日本が好きでしょう?」
もう何度もされてきた質問が、再度繰り返される。

「…あなたには、敵いませんよ。ゆき……」

諦めたように再度、自分を見つめて逸らしてくれない、空のような碧の瞳に視線を戻す。けれどやっぱりまだ、素直に好きだとは言えそうにないから。

「敵わない」のは、貴女だけにして、隠した。

いつか。同じように言えたらいい。

「好きです…My Beloved Princess……」
「わ、私が言ってるのは・・私のことじゃなくっ…て!」










とりあえず今は。
私に真実ばかりを語らせようとする、この可愛らしい唇を塞ぐことにしましょうか。
そのあとは、正直で素直すぎるあなたに、嘘も時には必要だと、わかってもらいたいものですね。





110423
title:Aコース
アーネストは確かに黒い部分はあるけど、それって人が隠して出さない程度の黒さであって、腹黒ではないんじゃないかと。
私の彼のイメージはどちらかというと擦れてる。足して2で割ってちょうどいいくらいのCP
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