(嫌…!)
暗闇の中、手を伸ばした。その手は何も掴むこともなくするり、するりと空を擦り抜ける。
「い、や……」
いつもいつも私のことばかり気にかける人だった。口では厳しいことを言ってはいてもそれは正しいことだったし、その言葉よりも行動が大事にされていると感じられたから「優しい」と、そう言えた。
「瞬に…いっ……!」
必死に手を伸ばすのに、それは届いてくれなくて。目の前にいるはずの彼は少し悲しそうな表情をしているのに「これでいいんです」と告げる。言葉と行動、それが全くの正反対のものでも嬉しいとそう感じるのはそこに優しさがあったから。
けれど今その優しさが辛いと思ってしまう。



「さようなら、ゆき」
「嫌だよ…瞬…に…っ……!」
「これで、良かったんです」

嫌、嫌、と駄々をこねる幼子のようにただそれだけを紡ぐ。願っても願っても彼はそれに応えてくれなくて、まるで自分に言い聞かせるかのようにただ「いいんです」と返す。こんな結末を、私は望んでいなかった。世界を元の姿に戻したい、という願いはこの世界に来る前の私の世界に戻すということで。
いくら世界が元の形を取り戻したって。
命のなかった世界に生命が戻ってきたって。
あの頃の、世界に戻れなければ意味がないというのに。彼が、隣にいてくれなくては。
元に戻ったとは、言えない。
「俺を忘れてください。俺の名前も、存在も、すべて。そのかわり、あなたには未来が待っている」
「い、や…っ…瞬兄!」
『……き』
「さようなら、ゆき。俺の大切な人」
「いや…いやっ、こんな…の、っ……」
なんのためにここまで必死でやってきたのか。
それすらもわからなくなりそうで。
『ゆ……』
ぐっ、と涙に濡れた瞳を閉じる。
開けてしまっては、偽りの世界を見ることになるから。
(目を開けても…瞬兄は…いない)
そんな世界なら、いっそ。



「…き……ゆきっ!」

(え…っ…?)
大きくグラリと体が揺れた感覚があって、同時に聞こえた声に心臓が跳ねる。
(こ、の…声…は……)
間違えるはずもない、幼い頃からずっと聞き続けた声が鼓膜を震わせ、自らの名を呼んだ、気がした。
「ゆき…ゆきっ…!」
ほんの少しの期待と不安。大きく揺らされ、抗うことも出来ずに恐る恐る瞳を開いていく。
「ゆき…どうかしたんですか?」
「瞬…に……なん、で?」
拒否しかけたはずの世界に、居て欲しいと切望した人がいる。
「なかなか起きてこないので起こしに来たんですが……うなされていたようだったので」
その人はまるで自分が辛いかのように顔を歪めていて、見慣れたそれに体の力が抜けていくも肩にある手がしっかりと支えていてくれていて、私の視界も歪む。
(ああ…そう、か…ここ、は…)
ここに居るんだと確かめたくて、瞳に映していたいのにその像はレンズにはっきりと映っていないことが酷くもどかしかった。
「怖い夢でも見ましたか」
「う、ん…とても、とても怖い夢だった」
肩にあった手が離れて、目元を拭っていく。
「瞬兄?…もしかして、私泣いてる?」
「……はい。大丈夫ですか?」
どこか緊張したような表情がわずかに和らいで、心配そうに私を映す。
「大丈夫。瞬兄がいてくれるから」
そう言って、今度は自分の指で涙を拭って笑ってみせるも安心からなのかぼろぼろと涙は零れてしまう。
「俺が、傍にいますから」
言いながら何度も何度も涙を拭ってくれる手が大きくて温かくて優しくて。
「…ゆき?」
その手を取って再び決意する。
私の世界を取り戻そうと。







(だから、ここにいるの)



110402
title:にやり
瞬√、時空を越えたあと。まだ掴めていないのに衝動に任せて書いてしまった第一弾。
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