※別れの前後



「大丈夫だって言ったのに…。瞬兄の言葉を、信じたのに……!」

絶望に彩られた瞳が瞬を見つめる。
胸が痛むも、彼はこれでよかったのだと繰り返すことでなんとかその悲しげな瞳を受け止めた。
今感じていることも、今までの自分との記憶も、全てこの一瞬後にはなくなるのだから。そう、頭ではわかっていても、いざその時になると様々な感情が瞬の中をぐるぐると回る。
その度に瞬は自分を納得させるための答えを、理由を考えた。そうしなくては最後まで遂げられないものがあるから。ゆきの未来を、守れないから。
「さようなら、ゆき。俺の大切な人」
わずかに迷いながら、言葉を選んで告げる。
今にも泣きそうな、悲痛な表情がずっと瞬を見ていて、それがほんの少し、嬉しかった。ずっとずっと、好かれないようにと接してきたのに、彼女はいつまで経っても「瞬兄は優しいよ」と言っていた。
それだけで救われた気がした。
責めてくれていい、許してくれなくていい。勝手だとわかってはいても、それでもこれだけは譲れなかった。
「瞬兄!瞬兄…!」
消えていく少女を瞳に、記憶に、心に焼き付けるように瞬きひとつしないで見つめ続けたあと、その姿が完全に見えなくなって初めて、彼は自嘲ぎみに笑った。
苦しそうに歪んだその表情が、少しの間を置いてからまた別の物に変わっていく。







「ゆき……」
やっとだ、そう瞬は思った。
誰もいない、自分しかいない世界。
もうすぐ、そのたった一人である己すらもいなくなるけれど。そうして初めて出来ることがある。
「ゆき…っ!」
声に出す名にありったけの想いを込めて、叫ぶ。

好きだ、愛してる、幸せになって。
そのどれもが、今までは決して言えなかった言葉であり、瞬の心の内にずっとあった想いたちで。
「っ、やっとっ…!」
ゆきも今はここにおらず、恐らく瞬がこの空間から消えた瞬間に、彼女の記憶から彼は消える。桐生瞬という人間がいたことは最初からなかったことになる。



消えてしまう悲しみも、一瞬のことで瞬が消えたと同時になくなるのなら想いを伝えてもよかったのではないかと思う人もいるかもしれない。
ほんのわずかな、一瞬の間だけ。
その間だけでも、自分が好きでいたことを知って欲しい、そう思う人もいるかもしれない。けれど、瞬はそれを良しとしなかった。
例え一瞬の出来事であろうとも、一瞬彼女の心を自分が占められるとしても、ゆきを悲しませることになる選択肢は瞬には初めから存在していなかった。そのために今までずっと、ただひたすら気持ちを押し隠してきたのだから。
「愛しています…ゆき……」
愛している、その言葉を譫言のように繰り返す。
聞く人は誰もいない。だからここでどれだけ叫ぼうと、ゆきへと、彼女へと伝わることは万が一にもない。

「出会う前からずっと…っ…好きだった。俺を見つめるその瞳も、俺を呼ぶ声も…笑顔も…その全てを……愛していました」

伝えたい言葉も、気持ちも本当は山のように、それこそ際限なんてないくらいにあった。瞬は喉を痛めようともお構いなしに己の中に閉じ込めてきたもの全てを叫ぶ。

「愛おしかった。あなたにとってはただの家族で、兄のような存在だったとしても、俺は…傍にいられて、幸せだった」

その昇華しきれなかった想いは瞬にとっては過去でもなんでもなく、存在ごとなくなってしまっても永久のものだったけれど。行き場を無くした想いたちは、消滅する寸前に初めて音となることを許される。
「本当は手に入れたかった」
守ることで傍にいられた。
その間だけはゆきの傍には瞬しかいなくて。
「触れたくて、仕方がなくて…本当は…っ…!」
抑え込んでいたのは激情。

「ずっと、あなたの隣にいられる未来を望みたかった」
最後の声は音にならずに雪のように、消えた。

それでも彼は最後には十分幸せだったと笑う。愛した少女が、自分を忘れずにその存在を追いかけてくるとはこの時には知らずに、使命は終えたと最後の最後まで、柔らかに微笑んでいた。






110507
title:白々
本当は願いがあって、それでもこれで良かったというなら、最後の最後にこれくらいしてもよかったんじゃないかなと。
寧ろずっと押さえてきたからこそ、最後の最後で叫んでほしかった、という願望も込めて。
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