(今日は…先生の来ない日)

くるくるくるくる。授業中、無意識に手に持ったシャーペンが拙く回る。それもそうだろう、普段なら私はこんなことしない、つまりは慣れていないのだから。
ちらりと横目に見たクラスメイトみたいに、上手には回せない。
(なんだか…)
優等生を絵に描いたみたいだと自分でも思っていたけれど、それが少しずつ変わってきているのか、それともなんなのか。よく、わからない。
(そんなのは傍から見た人たちの違和感が育ってそう思うだけ、なのかな)
授業が終わると同時、小さく息をついて片手で目の前にあった教科書を閉じた。

「あんまり集中できてないなあ……」
このままじゃあ駄目だ、とグと握り拳を作って「うん!」と気合を入れてみた。
「よし、帰ったらこの前の問題集の続きをして…今日出された課題やって…」
それからそれから、と一日で出来もしない予定を組み立てる私は何がしたいのか、自分でもわからなかったけれど。
(何か、していたい)
そうしないとなんとなく落ち着かなくて、妙にそわそわしてしまう。
「…なんでだろ」
カタン、と机の横に吊ってあった鞄を手に取ると、その拍子に音が鳴る。
それはとても小さくて、同時に引いたイスの音で掻き消されそうだったけれど。
「今日に限って敏感だなあ」
ははは、とらしくない乾いた笑いと共にとうにHRが終わって生徒ももう残り少なくなっていた教室を出る。
まだ廊下には人がいて、いつもどおりに私はそのまま家へ直帰する、はずだった。



「あ、いたいた」
聞き覚えのある声に一瞬ビクリと固まる。

(え?嘘)
どうしてだろうか、見覚えのある人物が廊下を、歩いていた。それも、今まさに向かおうとしていた方向から。その人は普段通りにこにこと笑って、驚きに歩みを止めてしまった私を気にすることなく徐々に徐々に距離を詰めてくる。
「…あれ?雪村さん?雪村千鶴さーん?」
「どうして先生がここにいるんですかっ!?」
ひらひらと目の前で掌を軽く振られてやっと我に返ると、叫ぶように声を発した。
「先生…?あの人、先生なの?」
小さく聞こえた声に周りに意識をやれば、まあ当然だろう、見覚えのない人物に騒ぐ周囲の生徒たち。
「えー?なんでって、ここ、僕の母校だし」
本当は校門近くにいたんだけどね、知った人がいたからいれてもらったんだーと彼はなんとでもないように言う。
慌てる私とは反対に、楽しげな様子の彼に少し腹が立つ。
「ねえ…あれってさあ……」
「…雪村さんのお兄さんなのかな?」
周囲からの視線に耐えられず、そのまま勢いで先生の手を掴む。

「先生」
「はい。なんですか?」
「先生は、私に用があるんですよね?」
「うん、そうだよ」

わざわざこんなところまで来て、それに先程は私の姿を見て「居た」と言った。それはつまり、先生の目的は私だったということ。
「先生、帰りますよ」
いつまでも好奇の目に晒されているのも居心地が悪い。
そのまま、先生の手を引いて廊下を足早に歩く。視界に入る景色は、どんどんと流れていった。どこか焦ったような私と、あっけらかんとした様子の先生。
少し後ろから「懐かしいなあ」なんて間延びした声が聞こえた時は流石に怒鳴りたくなったが、未だある周囲の人影に、開きかけた唇を閉じた。





はあっ、とわずかに呼吸が乱れる。
パ、と手を離してくるりと振り返れば、これまた普段となんら変わらない先生の姿。
息ひとつ乱してはいない。
「…私になんの用があったんですか?」
今日は家庭教師に来て下さる日じゃあありませんよね、と付け加えて問うと、彼は先程までの笑顔とはまた別種の笑みを浮かべた。

(な、何か嫌な予感が…)
この人がどんな人かを知っているから余計に恐くなる。
会わないはずの日にわざわざ訪ねてきた理由とはなんなのか。
(ああ、でも……明日学校で質問攻めにされそうだなあ……)
ひそひそと噂話をするようにささやかれていたのは何も部外者らしき人だったから、だけじゃない。ほんの少し憎らしいことに、今回の騒ぎの原因でもあるこの人の、容姿が無駄に整っているのだから、主に女子生徒からの視線と声だったのだ、あれは、とそう思い返して深いため息を吐く。
「あんなところにやってきて…私の苦労も少しは考えてくださいよ……」
「なにそれ。僕がやってきたことで、君にどんな苦労があるっていうのさ」
現にこうして疲れてるじゃないですか、と言ってやりたい気持ちはあったけれど、そうして機嫌を損なわれるのも面倒な気がしたのでやめておいた。

「何か言いたげだねえ……?」
「いいえ!?まったく!」
「そう?ならいいや。それでさ、本題だけど。デートしようよ」
「………………………………今、なんて言いました?」
「だーかーら、デートしようって言ったの」

にん、と笑って先生は私の返事も聞かずに先程離した手を再びとって歩き始める。
理解が追いついていない私は半ば引きずられるような形で手を繋いだまま先生の少し後ろを歩くことになってしまって。
(これじゃあさっきと逆だ……)
「君さあ、僕のこと好きなんでしょ?」
「へ?」
「だったらいいんじゃない?デートしてみるのも」
こちらを振り返らずにそう言った先生が「あ、」とこちらを振り返る。

「まあ、デートも今日来た理由だけど。僕、一度欲しいとか思っちゃうと執着が酷いんだよね」
「あはは」と私の目を見ながら先生が言うのに、よくわからなくてとりあえず「はあ」とだけ言っておいた。
「先生、それ…どういうことですか?」
「あれ?おかしいなあ、君、そんなに頭は悪くなかったよね?理解もそんなに悪くなかった気が…」
「先生がいつも突飛すぎるんですよ……」

だからわからないのだと暗にそう告げると「そうかなあ」と首を傾げる。
こんなやりとりをしている間にも繋いだ手はそのままなのだから次第に心臓がトクリトクリと速くなってきて。きゅ、と繋いでいた手に力が込もる。

「ん〜、だからね?自分が入れない領域への牽制、ってやつも含まれてた、ってこと」
“知らないところで自分のものに手を出されるのって嫌でしょう?”

『先生』の顔でそう言って。

「これなら、わかる?」

途端に『男の人』になる。

「思ったより気に入って、手元に置いておきたくなった、ってちゃんと言ったよね。僕」
(牽、制……?)
「…あ」
先生の言葉を頭の中で反芻して、間を空けて理解する。理解と同時に熱くなっていく頬に繋いでいない方の手を当てて。
睨む先は意地悪く笑う目の前の『男の人』。

「先生は…やっぱり狡いです……」
「先生じゃないでしょー?デートなんだから総司さんって言わないと!」
「…沖田さん、それでどこに行くつもりなんですか?」
「可愛くないなあ…」
「せん…沖田さんのせいです」
「まあいいや。行こうか。千鶴、ちゃん?」
「な…!」







111120
書いてみたら思っていたより気に入ってしまって、予定外の連作。続くかは未定
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