「いつもさあ、僕からだよね」


「え?」
ねえ、と総司さんから声がかかった。
声をかけられた、と理解したとほぼ同時に反射的に声のした方へと顔を向けると、少しかがんで私の顔を見つめる総司さんの顔があって。言われた言葉の意味と突然のことに思考が追いついていない私は間の抜けた声を漏らす。
「変な顔」
「や、やめふぇくらふぁい・・」
ぷっ、と小さく笑った総司さんが頬を掴んで横へ伸ばしてきて。
そのまま抗議の言葉を放てば、放った言葉はまともに音になってくれなくて、総司さんがまた笑う。
「・・酷いです」
頬を解放されたあと、くるりと総司さんへ背を向けて先程まで掴まれていた頬を軽く膨らませると。笑いを噛み殺すような、小さなくすくすという音が私の耳に届いて、思わず表情を緩めてしまった。
「ね、千鶴、ごめんってば」
「説得力がまるでありません」
それをほんの少し心地いいと感じてしまう私はどうかしてしまっているのだろうか。
口ではまだ怒っている風を装っていても、仕方ないなあ、と眉が下がっていくのが自分でもわかる。
「・・仕方がないから、許してあげます」
「ありがとう。・・・・でもね?」
腕を掴まれてぐるり、と視界が回る。



(え?)
総司さんの着物が見えて、ああ、向かされたんだと理解する。
いつだって我儘を言うのは総司さんで、そしていつも最終的には私が折れる形で終わってしまう。彼はそれをわかっていてやっているのか、そうでないのか。
一度考えたことがあるけれど、明らかに前者だろう。
(総司さんが、気付いていないはず、ない)
私はそれを、許容する。
してしまう。
(これって、やっぱり・・)
惚れた弱み、ってことなのかな。そう思ってふふっ、と笑いが込み上げる。
結局私は。
「さっきも言ったけど、いつも僕からだよね」
「どういうこと、なんですか?」
自分より背の高い総司さんを見上げる形で問う。
嫌な、予感がした。

「・・口づけ。いつも僕からだよね」

「!?」
声になるはずの音は、驚きで喉の辺りで詰まって、声にならない声になる。だらだらと嫌な汗が背を伝い、私は必死で思考を巡らせるもいい案は出ない。
「え、えと、あの・・?」
にこり、総司さんはとても綺麗に笑った。その笑顔が見慣れたもので無意識に一歩後ずさる私を、これまたよく知った腕が押し留める。
「いつも、僕からだよね?」
にこにこ、にこにこ。
顔は笑っているのに、目が笑っていない。
「たまには君からしてよ。・・待ってるからさ」
総司さんは私の返事も聞かずにほら、と先を促す。
「〜っ!」
促してくるその表情が、強制しているように捉えられる言葉の割に眉が下がって困ったようなもので、私は何も言えなくなってしまって。
総司さんは狡い人だと思う。なんだってわかっているくせに、わかっていないような顔をして。私が逆らえないと理解している言動で翻弄する。
「総司さんは・・狡いです」
「そう?例えそれが本当だったとしても、」






『今更じゃない?』
そんな言葉が予想されて、私はその先を聞く前に総司さんの唇に唇を重ねた。いつの間にか腰を折って口づけやすいようにしていた彼にほんの少し呆れつつ、私はまた思うのだ。
仕方ないなあ、と。
軽く背延びした私の足はいつまでも地に着かないまま、時は過ぎてゆく。






110317
title:にやり
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テーマ「人外ファンタジー」
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