「七夕、終わっちゃったねえ」
何気なく呟いたそれに、隣を歩いていたヒュウ兄がそうだなと返してくれた。たわいない会話は続く。
「一応お願いはしたけど」
ヒュウ兄はした?
問えば彼の眉間には少し皺が寄っていた。えいっとそこに指を押し当てたいのを我慢する。
「オレは…してない。だいたい願いなんて、ほんとに叶えたいなら何かに頼るんじゃなくて自分で叶えるように努力するべきだろ」
「そうだね…」
「いや、別に願うのが悪いってわけじゃないけどなッ?」
「わかってるよ、」
わたしがわからない程度に俯いたのをヒュウ兄は目敏く気付いてしまって。自分の言ったことがわたしをそうさせたんだと勘違いしてフォローをいれてくれる。
(違うのに)
ヒュウ兄の言葉に俯いたのは本当。けれどそうじゃない。言葉遊びのような肯定と否定を自分の中だけで数度繰り返してわたしはヒュウ兄の顔を見た。
大丈夫かと表情が語っている。
「もう!そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ!…ヒュウ兄がそんな意味で言ったんじゃないの、知ってるし」
だからそんな顔、しないで。
「わたしとしては、いつまでもそんな顔してるヒュウ兄の方が気になります」
おどけたみたいに言って、腕を背に回して組むとトン、トン。軽快に歩き出す。
「メイ」
「んー?」
「オマエ、何お願いしたんだ?」
「ないしょー」
逃げるように小走りで走ると後ろから「あっ、オイッ!!」と焦った声と共にわたしを追いかけてくる足音が聞こえる。それを確認すると足を止めた。
「わたしの願いはねえ、ヒュウ兄だけには言えないんだよ」
「…?なんか言ったか?」
「願いごとって誰かに言ったら叶わなくなっちゃいそうだな、って言ったの!」
「まあ、そりゃそうかもしれないけど。オレに出来ることなら手伝うから言えよ?いつも手伝ってもらってるんだしなッ」
ニイッと歯を見せて笑うヒュウ兄はその方がよっぽど現実的だとでも思ってるんだろう。
(まあ…そういうわたしも願うだけなんてことはしないんだけれど)
ニイ、とわたしの口元に浮かぶのは先程のヒュウ兄の笑みとは異なる種類のものだった。





「今年も七夕、終わっちゃったねえ…」
ちょぴり寂しい。そう思いながら空を見つめていると「また来年があるだろッ」とコツリ、ヒュウ兄の指がわたしの頭を痛くない程度に軽く小突く。
「それはそうだけど……。今年は今しかなかったから」
「あー…、まあなあ」
わたしの言葉にヒュウ兄も頭の後ろで手を組んで、空を見上げる。
「けど晴れてよかったよなッ!!」
「ほんと」
最近はずっと雨続きで心配していたんだ、その言葉に返事は返ってこない。ただ静かに二人で夜空を見上げ続けた。
「…そろそろ帰るか」
「うんっ」
モンスターボールを手に取って、『そらをとぶ』を使おうとして。アッ、と何かを思い出したようなヒュウ兄の声にそちらを振り向く。
「どうしたの?何か忘れ物?」
「いや、そうじゃなくて。オマエ、去年の願いごと叶ったのか?」
「ああ、そんなことか」
「そんなことか、って…結構大事なことだったんじゃないの?」
急に真剣な顔をするからなんだと思ったらそんなこと。隠しもせずに言った言葉はヒュウ兄の言葉に遮られるようだった。実際には違うのだけれど。
「…うん?でもよく大事なことだってわかったね?」
「オマエが言ったんだろ、『言ったら叶わない気がする』って。それってよっぽど叶えたかったからじゃねーの?」
わたしは一言もそんなこと言ってないよとそう続けると、今度はヒュウ兄がなんでもないことのようにそう言うから。
(敵わないなあ…)
ふう、小さく息をつく。ヒュウ兄のこういうところ、本当に敵わないと思う。そういうところが好きなんだけども。
「叶った…のかな、たぶん」
「…なんだそれ」
曖昧な返しによくわからないとヒュウ兄は表情で訴えてくる。少しだけ眉間に皺が寄ったそれに、去年のことを思いだした。
「ところでヒュウ兄」
「あー…?って!」
「あはは、変なカオーーー」
「…オイ」
むいっ。
思ったより柔らかかった頬を左右に引っ張ると、本気で怒ってはいないのだろうけどじとりと睨まれた。尚も笑うわたしにヒュウ兄の手が伸びる。
「むうっ!?」
「ははっ、変なカオはどっちだよ」
「酷いっ!」
「「……………」」
「「ぶはっ!!」」
「ひゅ、ヒュウ兄のそのカオ!」
「オマエだってなんだよそのカオ!!」
ひーひー、とお腹を抱えて笑う。あまりにも笑いすぎて呼吸するのも苦しいくらいだった。
「……願いごと。ちゃんと叶ったよ」
「…そっか。よかったなッ!!」
笑いが収まって一息ついてから。にっこり、笑顔で伝えると。自分の事のように喜んでくれる笑顔のヒュウ兄がそこに居て。
ああ、頑張った甲斐があったなあとそう思った。






ヒュウ兄はわたしのこといい奴だってそう言ってくれるけど。そうじゃないんだよ。だってわたしはヒュウ兄のために「チョロネコを取り戻せますように」なんて願うわけでもなく、ただ『わたしの願い』を願ったんだから。たとえヒュウ兄の願いとわたしの願いは繋がっていたとしても、それとは違ってたの。ね。わたし、嫌な子でしょう?






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title:夜空にまたがるニルバーナ
『ヒュウ兄がまた笑ってくれますように』
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