茹だるように暑い夏に、無性にアメが食べたくなった。
(どこにやったっけ……?)
大きめのトレーナーバッグをがさごそと漁ると回復薬やらスプレーやらが手に当たる。
(これじゃない)
がさごそ、騒音だけが響く。
(あれでもない)
いくら大きめのバッグといったって、冒険で持ち歩く程度の大きさのそれを手でぐるぐるとかき混ぜても目的のものは見つからない。どうしてだろうか、とふと手を止める。

「探してんの、コレか?」

ひょい、背後から腕が伸びてわたしのバッグの中に入っていった。と思ったらそれを認識する前に腕は出てきてホラ、とわたしがさっきまで探していたアメの袋を目の前に突き出す。
「…ヒュウ兄。いつ来たの?」
「ついさっき。そしたらオマエの姿が見えたからさ」
ニッ、無邪気に笑ってぽんと掌に置かれたそれにありがと、とお礼を言ってアメを取り出す。この暑さのせいかアメは溶けてひとつの塊になっていた。いくつものアメがひとつになったその塊の中からベリ、剥がすように取り出して口の中に放り込む。
「よくアメ探してるってわかったね」
「なんとなく、なー」
「ヒュウ兄も、いる?」
溶けちゃってるけど、と笑いながら言うとヒュウ兄は「さんきゅ」と袋に手を突っ込んでベリリ、塊の中からひとつ取り出した。手がべたべたになっちゃうよ。
「わたし、もう一度手に取っちゃってるんだから、わざわざヒュウ兄がとらなくたってよかったのに」
それだったらヒュウ兄の手まで汚れずに済んだのに。ほんの少しだけ口を尖らせて言うと「それくらいでなんだよ」と返してからヒュウ兄は眉を下げて笑った。その表情はワガママな子どもをあやす時の大人の困った顔みたいで。
「あっついねー!」
「そうだなー」
ころころころころ。ちょっとべたつくアメを咥内で舌を使って回す。甘さが口の中いっぱいに広がった。



「このアメ美味いな」
「でしょ?これ好きなんだ〜」
ころころころころ。ヒュウ兄の口がもごもごと動いていた。
(ヒュウ兄も転がしてる)
ぷ、ちょっとだけ面白くてわたしは小さく笑う。
「あのさあ」
「なにー?」
「ちょっとアッチ側行こうぜ」
クイ、とヒュウ兄が親指で指したのは木陰の方で。この暑い中お日様に照らされることもないかと一も二もなく頷いた。ヒュウ兄のあとをついて歩く形で移動する。
「はー……さっきよりは涼しい……」
いいや、とストン。腰を下ろす。
「汚れるぞ」
「平気だよ」
「まあいいか」
ストン。
「汚れるって言ったのに」
「それはオマエもだろー?」
ヒュウ兄は楽しげに笑ってわたしの隣に腰を下ろした。土のひんやりした冷たさが布ごしに肌に伝わって気持ちいい。
(あ…)
「アメ、なくなっちゃった」
がさごそ。再度袋に手を入れてぽいっと口にアメを放り込もうとして。
「メイ」
「ん?」
「あーんしてやろうか」
「えー?」
「遠慮するなって!」
にこにことどうしてかヒュウ兄はとても楽しそうだ。小さい頃からこんなの日常茶飯事だし、特に断る理由もないのでそのまま待った。
「ほら」
あーん、と言われたそれにつられるみたいに口を開けて。ぽい、と放り込まれる、と思っていた球体は直前で止まる。
「ヒュウにい…?」
ん、と優しい笑顔で閉じてしまった口にアメを軽く押し当てられた。緩んだ口の隙間から静かに入ってくる、アメ。
(変なの)
首を傾げながらもアメが美味しいところころころ。丹念に下の上で転がした。この好きな甘さがいつまでも続けばいいのに。



「メイー?」
(あったかい…)
背中があたたかくなったのはヒュウ兄の背中とくっついているから。
「今日のヒュウ兄、なんか変」
「変ってなんだよ、変って」
「だって、なんだか…」
甘やかされている気がする。わたしはその言葉をつい飲み込んだ。
「せっかく会えたし今日は一緒にどっか行くかッ!」
とりあえずもうちょっとここで休憩な。
ヒュウ兄が話す度その振動が背中から伝わってどこかむず痒い。
「オレが休憩するんだから、オマエもちゃんと休めよ」
重さを感じさせない乗せ方で、ヒュウ兄の掌がわたしの頭の上に乗った。そのまま数度撫でていった手は今度は背に回る。
ぽんぽん。
ぽんぽん。
甘やかされている。

「メイはどこか行きたいとこ、あるか?」
「っ、ヒュウ兄のばか…」
自分さえも騙してごまかしていたものが顔を出す。じわりと水に瞳を覆われて、視界がぼやけてしまう。
「兄ちゃんに向かってばかとはなんだ」
「ヒュウはお兄ちゃんみたいではあるけどお兄ちゃんじゃないーーー」
「あー、はいはい」
呆れたような声とは反対に触れてくる掌は優しくて、それもゆっくりと撫でてくるものだから段々と抑えがきかなくなってくる。
「う〜〜〜っ」
悔しい。悔しい。そればかりが胸を占めて。無意識に手にとったモンスターボール。
とうとうぽろぽろと流れ出したものに、見ない振りをしてヒュウ兄は何度も何度も頭を撫でてくれた。それが余計に涙を流させるものだと知っていてやっているんだろうか。
「なんで…気付いちゃうの〜〜〜!」
「…言ったろ、」
なんとなくわかるんだよ。
ワントーン落ちた声は物凄く穏やかで。
触れてくるもの、ヒュウ兄の声全て。優しすぎて次から次へと零れる涙を止めることが出来ない。それは逆に泣くことを許してくれているようでもあって。
「だいたいオマエ…呼び方戻ってんだよ……」
「…?何か、言った?」
「別に」
いつまでも支えてくれる背中に、もうこうなったら甘えてしまえとわたしはヒュウ兄の背に思い切りもたれかかる。ヒュウ兄は何も言わなかった。






「落ち着いたら観覧者にでも乗るか!」
努めて明るく言ってくれるそれに、わたしは「うん」と頷くしかないのだ。






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