「あのね、ヒュウ」
「な、なんだよ改まって」
(わかってるくせに)
どうしていいかわからない時のヒュウの癖。相手の目を見なきゃ、ってじっと見つめるけど見つめ返されるとほんの少し目が泳ぐ。
(ほらね)
いつもは片方だけ突っ込むポケット。今は両手とも隠されて見えやしない。
バツが悪そうに服の襟に顎を埋めるようにして隠すその癖。
(何年付き合ってると思ってるの?)
ヒュウの方が年上なんだから見られてきた年数で言えばわたしの方がもっと見られてる。でもそう変わらない年齢ではその差は小さくもあり、時々凄く大きくなって。
(今は、小さい)
くす、変わらないヒュウの仕種に思わず笑ってしまう。彼は機嫌悪そうに少しだけ逸らしていた視線をまたわたしに戻した。

「…なに?」
「言わないとわからないんだ」
「……オマエそんなに意地の悪い性格してたか?」
「知らない」
ヒュウはどちらかと言えば敏い方だ。だから気付いていないはずがないのに。そうさせてるのはヒュウだよ、と喉元まで出かかったそれをごくり、飲み込んだ。そんなことが言いたいんじゃない。
「あのね」
「…おう」
「ヒュウのね、妹思いなところも優しいところも、真面目なとこも好きだけど」

風で毛先がふわりと浮いた。それを手で押さえてから、ヒュウの目を覗きこむと「ほんと唐突だな」と照れの混じった、困ったような笑みが返ってきた。
違う。
ような、じゃなく困ってる。

「…時々、酷く心配になる。ヒュウってばいつもは割と冷静なのに、プラズマ団のこととなると周りが見えなくなるんだもん」
「それはそうだろ!!アイツらは…っ!」
「ほら、また。――人のポケモンを奪うなんて許されることじゃない。わたしだってアイツらは止めたいと思ってる。…でもね?」
にっこり笑ってみせるとヒュウの足がじりりと半歩下がった。詰め寄るみたいに上体だけそちらへ傾ける。
「会って早々わたしの意見も聞かずに『プラズマ団だ!行くぞ!』とか」
「うっ」
「逃げたプラズマ団を一人で追っていったりとか」
「ぐ…」

ヒュウが強いのは知ってる。いつもわたしより先に行ってしまって、いつも着いた町のジムには先にヒュウの名。
(そんなのわかってる)
感情が胸いっぱいに溢れて重い。
これが正の感情なのか負の感情なのかなんてもうわたしには判断がつかない。長年積もってきたこの感情は自然とわたしを俯かせる。

(置いて、いかないでよ)



「……悪い」
俯いた視界の中にヒュウの靴。
ぽんぽん、と頭に懐かしくて安心する温度があって、怒っていることもほんのわずかだけ忘れてほっと息を吐いてしまう。
(ヒュウは、狡い)
本人にはそんなつもりは露ほどもないんだろうけど、振り回すだけ振り回して。
でも根は素直で優しいから。自分が悪いと思えばするりと謝罪の言葉が出てくるのだから本当に狡い。
そして知ってか知らずか、いとも簡単にわたしの怒気を削ぐのだ。
「ヒュウは、狡いよ」
「そう、か?」
ぽんぽん、ぽんぽん。
いつまでも続くリズムに口を閉じそうになってしまう。

「アイツらのこととなると暴走してる、って自覚がないわけじゃないんだ」
「……じゃあ、どうしてよ」
つい刺々しい言い方になるのも仕方ないと思う。わかっているなら自重してほしい。
「けど、オレにはお前っていう味方がいるからなッ!!だから大丈夫!」
「………なにそれ、」
こうして、二の句が告げなくなったわたしにヒュウはまた悪気なく言うのだ。
「ごめん、」と。
(けど…)
ヒュウに頭を撫でられながら思う。はたから見ればお兄ちゃんと妹だろうわたしとヒュウ。けど絶対的に違うのは。
(振り回されようがなんだろうが、本気で怒らない理由は)
「…ヒュウ」
「ん?」





頼ることさえしなくなったら。わたしはあなたを許さない。



わたしは一人、大切な人のために誓いを立てる。





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大事なものは自分で守らないと精神の二人
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