荒廃した、灰色しかない世界。
彼は私に問いかける。

「ねえ、守るって何を守るの?お姉ちゃんは、何を守れるの?」

そう聞いてくる表情は楽しげで、くすくすと隠しもせず私を嘲笑う。年齢相応の少し高かった声が、ワントーン低くなる。
その顔も表情も声も、私の知っている祟くんなのに、ほんの少し違うだけで大きな違和感となってそれは私を混乱させる。



「私は…元の世界と向こうの世界、二つの世界を守りたい。そのために、」
「そのために、何?…二つの世界を守りたい?二つの世界を守ったって、新しく生まれつつあるこの世界は守ってくれないくせに。よく言うよ」

祟くんの瞳がス、と細められてその瞳は視線を外すことなく私に向けられる。射抜く、という表現がまさしくふさわしいであろう瞳が私を見ると、金縛りにあったように体が動かなくなって足は地面に縫い付けられる。私に叶えたい願いがあるように、祟くんにも叶えたい願いはある。

けれどそれは。

(その願いは、重なることはない)
私が守りたいと願っている世界を守ることは、同時に合わせ世の消滅を意味する。
祟くんと私の願いは相反するものなのだ。
どちらかひとつが叶えば、もうひとつは叶わない。
そういう、願いを私は彼に口にしている。



「龍神の神子、世界を救う存在、なんて言ったって、この世界を…ボクは救ってくれないんだ。…酷いね。自分さえよければそれでいいんでしょ?」
祟くんの声質が、徐々に固い、厳しいものに変わっていく。様々な感情を内包したその声を、私は聞くことが出来ない。

「お姉ちゃんは、救世主なんかじゃない……!ただ自分の願いを叶えたいだけの人間が、世界を守るために世界を消す人間が…、救世主なわけない!」
「…そうだね。でも大丈夫。私たちの世界は必ず元に戻すから。…大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なもんか!…お姉ちゃん。お姉ちゃんは優しくて、酷くて、狡いよ…。何も知らずに…っ…何も知らないのに……っ!」

瞬兄の言葉ばかり鵜呑みにする、と祟くんは俯くとそれはそれは悔しそうに奥歯を強く噛みしめる。
ぎりいっ、と聞こえないはずのその音が聞こえたような気がした。

「優しいだけの人は残酷だよ…。優しいからこそ、その言動が心を引き裂くっていうのにさ」
「祟くん…?」
「…いいよ。ボクは一人でだって自分の願いを叶えてみせる。…ボクの大切な世界を、消滅なんか、させない」

ずっと私を見ていた瞳が、その後にすっと逸らされる。気付けば、祟くんはこちらに背を向けていた。

「せいぜい頑張っていればいい。どうせ叶うはずないから最後には諦めることになるけどね。楽しみだなあ…。その時のお姉ちゃんの、絶望に染まった顔!」

くるりと軽快にこちらを振り返った祟くんの顔は、先程までの表情を消してぱあっと明るいものになっていた。無邪気に、本当に楽しそうに笑う顔の口元が動いて、けらけらと音を立てる。
『いつまでも耳目を塞いだまま、安穏とした世界で、安穏とした未来を求めればいい』。
そう言って祟くんは私の前から姿を消した。



彼の姿が見えなくなってからも、鼓膜に、脳内に、くすくすと笑い声が永久に響いていて。
私は言いようもない不安に駆られて、胸の前にあった手をぎゅっと握りしめたまま立ち尽くした。
ただ。
私を見つめていた紫苑の瞳の色が、瞬兄と同じ色で。私の知っている色で。
やっぱり二人は兄弟なんだよね、なんてそんなことを、ぼんやりと、本当にただぼんやりと思った。



世界はまだ、灰色のままだった。





君が綺麗すぎて僕が酷く醜
(私は何を知らなくて彼は何を知っているのか)




110419
title:白々
桐生兄弟書くの楽しい。
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