「言えばよかったのに」 「何をですか」 「怒ってるの?」 私の腕を引いて、ほんの少し前をリンドウさんが歩く。ちらりと見たその横顔は酷く楽しげだった。歩調を変えぬまま、会話は続く。 「怒っては、いません」 「そう?それなら良かった」 「…言えば、って何のこと?」 「わからない?」 「…わかりません」 「じゃあ、わかるまで考えて」 「えっ…?」 告げられた言葉にわずかに驚いて自分より背の高い彼の目線に合わせる。自然と上を見る形になって、けれど私は視線を逸らすことが出来なかった。 不自然なその体勢のまま、思考を巡らせる。 (なぜ…?) このやりとりには覚えがある。問いかけ、返す、その繰り返し。 異世界でのリンドウさんとの会話はいつもそんな感じだった。これはその延長。だからいつものように「教えない」「わからないなら、いいよ」それらが返ってくると思っていた。なのに返されたのは「考えろ」という選択肢のみで。 変わらずリンドウさんはこの手を引いて歩く。 「リンドウさん」 「ん?ヒントならあげないよ?」 「いじわる」 「意地悪…僕には君の方がよっぽど意地悪だけど」 「私、リンドウさんに意地悪なんてしてません」 そう思ってるのは君だけだよ、と小さく声が聞こえて。先程まで楽しげだった顔がわずかに真剣な色を帯びる。わからなくて唸る私。 「そうだね……、そんなに言うならほんの少し前のことを思い出すといいとだけ、教えてあげる」 「ほんの少し前、ですか?」 「うん」 何かしただろうかと記憶を辿ろうとして、行動に移す前に遮られた。 そのことになぜ今やろうとしていたことがわかったのかを問うよりも、私は言われるがままほんの少し前のことを思い出す。唖然としている友人たちを置いて去った、つい先程のことを。 「リンドウさんが…迎えに来てくれていて…」 「…それで?」 声が先を促してくる。あの場に彼がいたからこそあったこと。 「それで…口を塞がれて…」 「うん」 「今に至ります」 「………君ね、」 呆れたような声と共にリンドウさんが足を止める。つられて歩みを止めると、声と同じくどこか少し呆れた顔が目の前にあった。 「…いや、いい。直球じゃないと通じないのなんて、僕が一番わかってた」 (………?) はあ、とため息をひとつ。 「リンドウ、さん?」 「僕は、君の何?恋人でしょう?」 「え…っと…。……はい」 「じゃあなんで言わなかったの、恋人だって」 「それは…」 じっと強い瞳がこちらを見ていて、少し居た堪れない。まるでそれを非難するかのような空気にやっとのことで口を開く。 「……恥ずかしい」 「聞こえない」 「うそ」 「…あんな風に君にべたべた触るような奴がいるんだ。そこははっきり言っておかないと」 「今、何か言いました?」 「何も?気のせいじゃない?」 ぽそりと呟かれた音はとてもとても小さくて。私の耳に届いたのは音だけで、何かが彼の口から発せられたということしかわからない。 不思議に思って首を傾げる。 (恋人…) リンドウさんは恋人。好きな人。大切な人。傍にいたい、人。 確かにそれらに彼は該当はしているのだけれど、自分から言うのは気恥ずかしい。本人に言うのだって照れてなかなか言いにくいというのに、それが友達になんて言えるわけがない。 『あの人カッコイイ!』 「………………」 「…?ゆき?」 (……………?何か、今…) 妙な違和感があった。胸の辺りが重い気がする。 「…なんでもないです」 「嘘だね」 「ほんとになんでもないんです。ただちょっとこう…もやっと?そう、ここが重く感じるだけで」 掌を胸の上に当てても晴れることのないこの違和感はなんなのだろうと考えてもわからない、よくわからないもの。自分にわからないものが他の人にわかるはずもない。同じようにリンドウさんも不思議そうな顔をしていた。 「…胸の辺り?なんで?」 「さっきの…友達の一言を思い出した途端に…」 「なんて言ってたの?」 「それが……リンドウさんのことカッコイイ、って」 「……へえ?」 「それだけ、なんですけど」 「ゆき」 「は…」 はい、と形作るはずの唇が彼のそれによって塞がれる。ほんの一瞬触れたと思ったらすぐに離れて、後に残ったのはとても嬉しそうなリンドウさんの顔。 「君…可愛すぎるでしょ。あ〜全く、久しぶりに会えたっていうのにお互いに何してるんだか」 「リンドウ、さん?」 「やっぱり君の前だとどうしても格好悪くなる。…やだな。そういうとこ、一番見せたくない人なのに」 「えっと…どういうことですか?」 「うーん、ここで言うよりは僕の家の方がいいかな。帰ったら教えてあげる」 「はい」 「嫌っていうほど、ね」 チョコに融かした恋心 120416 title:Aコース リンゆき可愛すぎる |