背後から痛いほどの視線を感じる。
視線を送ってきているのが誰かはわかっているものの、その不可解な行動に俺は眉根を寄せた。

「ゆき…何かあるのなら言って下さい」
「言ったら意味がないの」

首だけを回してその視線の元、ゆきの顔を見ると穴が空くのではないかと思うほどに凝視されていて内心焦ってしまう。

意図がわからないから、焦る。
自分が考えもつかないような突拍子もないことをしだす、言い出す彼女だからこそ、焦る。
己が愛しいと思っている少女が自分を見つめているというだけで、焦る。

こういう時、顔に出ない性質でよかったと思う。もう必要がないとはいえ、長年の習慣がそう簡単に変わるわけもない。
ゆきは俺の表情が柔らかくなったと喜んでいたし、昔のように彼女に対して厳しい態度をとる理由もないのだから今は感情を表に出すことが多くなった、とはいえやはりいつもの調子は変わらないわけで。
けれど、ふとした時に感じる、一番大きな感情には抗えない。
ふう、と息をひとつ吐く。
呆れたわけじゃない。
この目の前の少女を長い間傍で見てきたからこそ、こういったこともなんだか彼女らしいと思ってしまうし、仕方がないなと思ってしまう。
(詰まるところ、甘いということか…?)
いや、違う。
多分自分は今よりもっと前、初めて会った時からゆきには甘いのだ。
それは時によって形を変えてきたけれど、根底にある、大切にしたいと思う気持ちは変わらないのだから。



「…教えては、もらえないんですね?」
彼女のおかげで許されるようになった、己の気持ちに素直になるということ。ずっと見てきたからこそ知っている、ゆきの弱点。
「う…っ…瞬兄、そんな顔して聞くなんて狡い…」
俺からすれば、あなたの方がもっと狡いですよ、という言葉は飲み込む。
平気でさらりと人の心を揺るがす言動は彼女故。

「変わりませんね…」
「何か、言った?」
「いえ」

小さく呟いた声に反応するあなたが愛おしいと感じたことは、今は伝えない。
「それで?・・なぜ先程からこちらを見てくるんです?」
理由もわからずただ見つめられるだなんて、落ち着かないにもほどがある。答えるまでは逃がさないつもりで、ゆきの瞳を覗き込むと観念したようにわずかに悔しそうに俯くゆきの姿が目に映る。

「…瞬兄だけが知ってるのは、なんだか悔しい。私だって知りたい」

「…え?」
要領を得ない答えは俺の頭を混乱させた。その結果現れたのは、間抜けな音と緩んでしまった表情。



「以前、瞬兄に聞いたことがあるでしょ?『私のことなんでもわかるんだね』って」
あの時も思ったんだけど、とゆきは続ける。

「ずっと一緒にいて、同じ時間を共有していて、瞬兄は私のことわかってるのに、私だけが瞬兄のことを知らないのは、嫌なの」

私だって、知りたい。

その言葉が、鼓膜を揺らして、脳すらも揺らしていく。
この少女は、ゆきは自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
「そ…れでずっと見ていたんですか?」
嬉しさに声が上ずる。

以前それを言われた時のことは覚えている。
あの時の自分は、いずれ消える人間のことなど覚えていなくてもいいとそう考えていたから『俺のことなど知らなくてかまいません』なんて言っていたけれど。
今、自分のことを知りたいとそう言われて喜んでいる自分がいる。
ゆきに関わってしまうと全てが嬉しくなる。

「教えてもらうんじゃなくて、自分で気付かないと意味がない気がして…」

語尾を濁してううっ、と小さく唸ったゆきに思わず口角が上がる。
「そんなに、知りたいんですか?…俺のことを」
「う…ん」
繰り返される問いに段々恥ずかしくなってきたのか、ゆきの顔がほんのりと朱に染まり始めて。
我慢出来なくなって自分よりも小さなその体を抱きしめると聞こえる、消えそうなほど小さな驚きの声。

「…もう以前のように己を律することなどしなくてもいいんです。俺は、俺の思うままに行動出来ます」
「うん」
「そして俺にはあなたと過ごした過去だけでなく、あなたがくれた未来があります」
「…うん」
「俺のことを知りたいと言ってくれるなら、これから長い時間をかけて知っていってください。…俺も、あなたになら知って欲しい」

知らず抱きしめる腕に力が込もってしまうことを許してほしい。

「今まで出来なかったことをしていきたい。ゆきの傍にいたいという気持ちは変わりません。だからあなたが…ゆきがそれを許してくれるなら…」
「そうだね…私も…瞬兄とこれからもずっと一緒にいたいし、いられるなら、もっと色んな瞬兄が見たいし教えてほしい」

ふふっ、と嬉しそうに腕の中の少女が笑う。その笑みが、自分が彼女の傍にいることも含め、全てを許してくれているような気がして。
俺はゆきを腕に抱いたままそっと瞳を閉じた。
視界からはゆきを感じとれなくなっても、腕の中の温もりが、確かに彼女がここにいるのだと、俺は彼女の傍にいるのだと教えてくれて、そのままきつく瞼を閉じる。
その間、ゆきは何も言わずにされるがままで。
より募った恋しいという気持ちを伝えるべく俺の口は自然と開いていった。
「…ゆき、あなたに伝えたいことがあるんです」




『俺はあなたを愛しています』




110414
title:Aコース
瞬兄を観察して知ろうとしていたゆきちゃん。


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