OZで起こったラブマシーン事件も一段落して、栄おばあさんのお葬式もといお誕生会も無事終えた。
夕食も終えて、陣内家の皆さんは居間で各々の時間を過ごしている。
真悟くんと祐平くんと真緒ちゃんが「ゆかいはん!」と叫びながら走りまわっていて、万里子さんを筆頭に陣内家の女性陣が今回の慌ただしかった数日を振り返って話している。
甲子園に出場していて状況がいまいち飲み込めていなかった了平さんには、陣内家の男性陣が説明していた。
幼い加奈ちゃんと恭平くんの姿が見えない。寝ちゃったのかな?
ハヤテは縁側のそばで身を丸くして座っていた。
そしてお兄ちゃんは、この居心地の良い陣内家での最後の夜を縁側で夏希さんと過ごしていた。
実の妹の私が言うのもなんだけど、今回の事件でお兄ちゃんはすごく頑張ったと思う。
世界最高のセキュリティーを誇るOZのパスワードを解いたり、ラブマシーンを倒すための策を考えたり、あらわしの落下点を逸らしたり。
すべてお兄ちゃん1人で成し遂げたことではないけれど、やっぱり、お兄ちゃんは頑張ったと思う。
あんな必死なお兄ちゃんは見たことがなかった。
とくに最近は数学オリンピックの代表を逃してしまったためうじうじしていて。だから、


「(いつものお兄ちゃんじゃないみたいだったな)」

「何突っ立ってんの」

「あ、」


佳主馬くん。
栄おばあさんの曾孫さんで、世界中の人が知っているであろう『世界最強キングカズマ』を操る人。
そして、ラブマシーン事件でお兄ちゃん同様たくさん頑張った人。
この慌ただしかった数日のおかげで結構仲良くなることができたと思う。
少なくとも私はそう思っている。


「(こんなしっかりしてるのに13歳なんだよね…年下なんて思えない…)」

「…なに?」

「いや、別に…」

「なんで出入り口に突っ立ってんの、って聞いてるんだけど」

「ちょっと…感傷に浸ってたってところかな」


それを聞いた佳主馬くんは少し目を見開いて私を見た。
少し率直に言いすぎたかな…?でも本当にそう思ったし、仕方ない。
ははは、変な人間だと思ってくれて構わないよ佳主馬くん。
だって、このお家は居心地が良い。私にとって、とても幸せな気持ちになれる場所だ。
家では、お父さんもお母さんも共働きだがら学校から帰っても私1人かお兄ちゃんだけで…。
お兄ちゃんが不満ってわけではないんだけど、やっぱり、お父さんとお母さんにも「おかえり」って言ってもらいたくて。
だからお兄ちゃんが(間違って)逮捕され連れていかれそうになったときに述べた栄おばあさんや陣内家の人へのお礼の言葉を聞いてうっかり泣きそうになった。


「(まぁ、もう15歳だから寂しいなんてことは思わなくなったけどさ)」

「…ふぅん。ちょっときて」

「いいけど、どこ行くの?」

「納戸」















佳主馬くんに手をひかれて、目的地の納戸についた。
佳主馬くんは自身の指定席であろうノートパソコンの前に座り、それに向き合う形で私は佳主馬くんの正面に座った。
てっきりOZ関連のことで呼ばれたのかと思ったけど、ノートパソコンの電源は入っておらず閉じられたままだ。
…まぁ私を呼んだところで何ができるってわけでもないんだけどさ。
OZのパスワードが解けるわけでもないし、キングカズマの対戦相手になれるわけでもない。


「(数学嫌いだし…格闘ゲームしたことないし…)」

「お姉さん、明日帰るの?」

「え、あぁ、うん。お兄ちゃんと夏希さんが4日間の日程で来たらしいから…明日にでも帰るそうだよ」

「そうなんだ」

「佳主馬くんはまだしばらくいるの?」

「多分。父さんも来たばっかりだし」

「あ、そっか」


OZの混乱のせいで交通機関がマヒしてしまっていて、あのとき陣内家全員が勢ぞろいしていたわけではなかった。
新幹線が動かなかったり、車の渋滞が何十キロにも及んでいたりして、本当にぐちゃぐちゃだった。
それに伴って佳主馬くんのお父さんの到着も遅れていたのだ。
けれどもう事件が一段落したため交通機関も徐々に回復し、栄おばあさんのお葬式もといお誕生日会の最中に無事到着したのだ。
アロハシャツが似合う素敵なお父さんという印象が強い。


「お兄ちゃんはともかく、私までお世話になっちゃって…迷惑だっただろうなぁ」

「別に。そんなことない」

「あはは、優しいなあ佳主馬くん」

「僕だけじゃないよ。母さんも、おばあちゃんも、誰も…迷惑とか、そんなこと思ってないから」

「……え」


まさか佳主馬くんが私を気遣ってくれるなんて、と思いがけない言葉にうろたえてしまった。
お兄ちゃんのこの旅行が両親の出張と重なっていて、結果私は1人で家に残るはずだった。
中3だし、数日間の留守番くらいどうってことない。
けれどお兄ちゃんは心配性なのかシスコンなのか、私も一緒に連れていくと言い出したのだ。
そして夏希さんもなぜかそれを快諾したらしい。
夏希さんに偽装彼氏を頼まれたお兄ちゃんはともかく、私まで一緒にお世話になるのはとても申し訳なかった。
迷惑でしかないと思う。それなのに。


「…なに、泣いてんの?」

「ぅ、うるさい」

「え、ほんとに泣いてんの?ちょ、ちょっと…」

「くくくっ、なんで佳主馬くんが焦ってるんだー」

「…はぁ。泣きながら笑うなんて器用なことしないで」

「いいじゃん。……あーあ、せっかく佳主馬くんともこんなに仲良くなれたのになぁ。もうお別れだね」


寂しくなるなぁ。
そう言うと佳主馬くんが私にティッシュを渡しつつ少しうつむいた。
あの事件がきっかけで佳主馬くんとお兄ちゃんは結構仲良くなったと思う。
最初の頃のような変な緊迫感とかなくなったし。
そしてなぜか私も佳主馬くんと仲良くなった。
事件解決に何の役も立てていない私なのに、なぜか。
今じゃもう佳主馬くんをからかうことくらい造作もない。……これはちょっと大げさかもしれない。
でもそうやって言えちゃうくらい、仲良くなれた。
佳主馬くんだけじゃなく、夏希さんとも仲良くなれた。
お兄ちゃんに偽装彼氏頼むだなんてどんな人間だと不審に思ったけれど、夏希さんは気さくでとても可愛い人だった。(お兄ちゃんが言うには学校のアイドルらしい)
そして陣内家の人とも仲良くなれたと思う。
「気兼ねしないで、自分の家だと思ってくつろいでね」といろんな人が言ってくれた。
たくさん話しかけてくれた。
陣内家での初めての食事のときも、すごく楽しかった。本当に楽しかった。


「佳主馬くんは名古屋に住んでるんだっけ?」

「…うん。お姉さんは東京でしょ」

「うん。遠いねー。(長野、名古屋…他の皆さんはあとどこだっけ…)」

「…ねぇ、お姉さん」

「うん?なに?」

「電話番号教えてよ。あとケータイアドレスも」

「え?」

「僕のは、これ」


差し出された紙には数字とアルファベットが並んでいた。
それと一緒に『池沢佳主馬』の文字。


「これ…」

「僕の連絡先」

「あぁ、うん…(見たら分かるけど…)」

「連絡ちょうだい」

「私でいいの?お兄ちゃんとか…」

「お姉さんと連絡とりたいの」

「は、はぁ…」

「僕OZに頻繁にいると思うから、見かけたら声かけて」

「(ただの凡人がキングカズマに話しかけるとか恐れ多いな…)」

「絶対だよ」

「は、はい!」

「………また来年もここに来なよ」

「え?」

「もう、他人とかじゃないんだから。おばあちゃんもきっと喜ぶよ。『こんな良い子はお嫁さんにきてほしい』って言われたんでしょ?」

「うん…」

「それに他の人たちも喜ぶだろうし」

「佳主馬くん…」


すると佳主馬くんは膝立ちになって歩み寄る。
座っている私の肩に手を置いて佳主馬くんは私を見下げた。
部屋が月明かりに照らされているだけだから佳主馬くんの表情は少し読み取りづらい。


「僕も、名前さんに会いたいし」










さよならは言わないで





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