午前8時5分。

私は生徒が登校してくるこの時間に教室の窓からその風景を眺めて…いや、監視していた。

理由は簡単。





「向日くんまだかなぁ…」





向日くんを待っているからなのである!

向日くんは毎日部活の朝練があるからHRぎりぎりの時間に滑り込んでくるし校門も通ってこないけど、

今日は水曜日だから部活がオフの日。

そして長年の調査により朝練がないときはこのくらいの時間に校門を通り過ぎることが分かった!

くっくっくと心の中で笑っていると忍足が横に座ってきた。





「苗字また岳人探しとるん?」


「忍足、自分の席に戻った方がいいよ。そこは向日くんの席だよ」


「いやいやここ俺の席やし。岳人の席は苗字の席とは真反対のあこやんか」





忍足は呆れた顔で廊下側の1番前の席を指さした。

私の席はグラウンド側の1番後ろの席。

まさに真反対。対角線。





「妄想も大概にせなあかんで」


「…なんで隣が忍足なのー!向日くんがよかったのにー!」


「傷付く反応してくれるなぁ自分」


「だってさー!」


「普通ならキャーキャー叫んでまうくらいのポジションなんやで?」


「そんなことされても嬉しくないくせに!」


「まぁな」





忍足が鼻で笑う。

確かに、他の女の子からみたら私はすごく羨ましい席に座ってると思う。

実際、席替えをした直後にいろんな女の子から席を替わってほしいと頼まれた。

その中に向日くんの周囲の席の子がいれば喜んで替わりたかったんだけど

忍足が咳払いをして女の子たちを軽く睨みつけてその場の空気を凍らせた。

せっかくの良いチャンスだったのになんてことしてくれるんだ忍足のあほ!と思ったけど

残念ながら向日くんの周りはみんな私の友人たちが座ってた。

だから泣いて友人に頼んだけど「名前を遊ぶいいネタになるから」と替わってくれなかった。

…うぅ…そのときの友人たちの愉快そうな高笑いが蘇ってくる…!





「まぁええやん。こんなイケメンが毎日横におるんやで?嬉しいやろ」


「忍足に興味ないから意味ない」


「…ほんっま傷付くこと言う子やわぁ」


「向日くんじゃないと意味ないのー」


「なんでそない岳人にこだわるん?」





忍足が不思議そうに聞いてきた。

ここまで私が向日くんにこだわるから友人やいろんな人によく聞かれる。

なんで?って。

私はその場その場で適当に返事をするから、ほんとのことはまだ言ったことがない。




















入学式のとき、私は教室を探して一人で彷徨っていた。

外部入学だったからまだ友だちもいなかったし、『氷帝学園』が持つ雰囲気などに気圧されてしまっていた。

すごく心細かった。

うろうろしていると向こうに人が見えて、思わず走り出した。

そのときの勢いがよすぎてしまったせいか、私は転んでしまった。

別に床はコンクリートじゃないし、ぶつけた膝からは少し血が出てたくらいで騒ぐほどのことじゃなかったのだけど

その人たちは私に気付かず階段を上っていくし、私は一人ぼっちで転んでるし…。

その状況が怖くなって座り込んだまま動けなくなってしまったのだ。

泣いてしまいそうになったとき、横に誰かがしゃがみこんだ。

私と同じように新入生の証である花のブローチを胸につけてる男の子だった。





「お前、どーしたの?」


「あの…えっと…」


「転んだのか?」


「はい…」


「ここに座ってたって膝治んねーぜ?保健室連れてってやるよ」


「…え?!」


「お前見たことない顔だから、外部のやつだろ?ここのこと分かんねーだろうし、俺が連れてってやる」


「ぁ、ありがとう」


「いいって。お前の名前は?」


「苗字、名前」


「苗字か。俺は向日岳人。よろしくな!」




















「…侑士、なにやってんの?」


「あ、おはようさん」


「はよ。…で、何やってんの?」


「なんやいきなり苗字が動かんくなってしもてん。やしバランスゲームを…」


「いや、意味分かんねーから」





俺が侑士の席に近付くと異様な光景が目の前にあった。

肘をついて考え事をしているような態勢をとっている苗字の頭の上に侑士のペンケースと苗字のペンケースが重ねられてた。

腕の上には教科書が数冊のってる。

なんだよバランスゲームって…。

侑士はときどきおかしい。





「苗字に失礼なこと言って怒らせ 「っ!向日くん!」


「ぅおお苗字?!」


「おはよう向日くん!」





勢いよく苗字が立ちあがった。

そのせいで腕に乗ってた教科書は床に落っこちて、ペンケースはなぜだか侑士に直撃した。

顔面クリーンヒット…痛そー。

そんな中きらきらした目で俺を見つめてくる苗字に俺は挨拶を返す。





「ぉ、おはよう…」


「痛いわぁ…苗字いきなり動くなや」





しまった!あのときのこと思い出してたら向日くんが来たことに気付かなかった!ばかじゃん私!

いつの間にかいた向日くんに驚いて勢いで挨拶しちゃった。

いきなりの挨拶で向日くんちょっと驚いてたなぁ…申し訳ない…。





「苗字も元に戻ったみてーだし…俺も席戻るわ」


「そうやでーチャイム鳴るしはよ戻らなあかんでー」





向日くんは席に向かった。

そこで忍足が私に振り返って面白いものを見つけたような顔をした。





「苗字、岳人のこと本気で好きなんやろ」


「…は?」


「岳人のファンなのは見てたら分かんねんけど、そんだけやないやろ。本気で好きなんやろ」


「何をおっしゃっているのか分かりません忍足さん」


「隠すことあらへんて。俺口かたいし?誰にも言わへんよ。やしほんまのこと教えぇや」


「そりゃ私向日くんは好きだし大好きだけど…」


「(2回言いよったで…)ほんまに好きなんやろ?」


「本気で好きってどうゆうこと?」


「付き合いたいとかー…いろいろやなぁ」


「私向日くんと付き合いたいって思ったことないよ」


「は?向日くん向日くんて騒いどるくせに?」





はぁ…乙女心を分かってないなあ、忍足は。

男の子に騒ぐ=恋愛対象として好き、だけじゃないのだよ!

これだからモテる男は困るのよ…と心の中でどこぞのお姉さまっぽく呟いた。





「いい?忍足、よく聞いて」


「なんや」


「私にとって向日くんは、ヒーローなんだよ!」










くびったけ!





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